代価は本当にお金なのか?

Category : 辛口ごめんなさい

数年前にあるチャネラーのHPで「セッション料を受け取るのは癒しの代価としてのバランス」と書いてあるのを読んだことがあって…そのことを掃除機をかけている時、急に思い出しました(笑)

5,6年は経っていると思いますが、当時はバランス的にそうかも知れないなどと感心してたんだと思うんですね。そのチャネラーは元々金融関係にいたそうでお金を受け取ることに違和感なく、あるヒーリングを受けたのをきっかけにサイキック開眼したとのことでした。そのきっかけになった人と私は知り合いで、それが縁でセッションを受けました、私。
ハイ…参考にはなりました。セッション料も嫌な言い方ですが、相場でした。でも私にとっては決して安価ではありませんでしたし…結局は何事も解決するのは自分自身なのだと思って帰路についた記憶があります。
何だか「氷の女王みたいな存在がやって来て、今あなたを癒しています」とか
「今意図していることはあなたが本当にやるべきことではありません」というふうな話で…その人だけではなく、チャネリングって大なり小なり宙に浮いたようなトンデモ話が飛び交うものです。信じる信じないは私たち次第。

クライアントとなる人の中には「あなたは今はまだ未知のシステムを開発し、人類に貢献するでしょう」と言われて久しく…今もまだチャネル行脚している人もいます。証明してみたいんでしょうか、アイデンティティなり存在意義を。
これに捕まって精神世界の迷宮から抜け出せなくなっている人かなりの数でしょうね。 そして、働いたお金をチャネラーに貢ぎ続ける…え?自分で稼いだお金をどう使おうと私の自由? そうですともそうですとも。いつもの老婆心から、だったら…そのお金を未知のシステム開発に注ぎ込めばよろしいのにと思う訳です、私。え?どう手をつけて良いか分からない? それって要するに絵に描いた餅…実体のないヨタ話では…? まぁ目が覚めるのはいつのことやらという類いと思いますけど。

takakoさん、皮肉ってる、ですか?

ええ!

精神世界の迷宮は容易に抜け出せないと思います。チャネラー自身も目に視えない存在のマリオネットっていうケースが少なくありません。選ばれし者と言われ、使命があると囁かれ、その道にのめり込ん出いく人多く見かけるのは事実です。

現実は実にシンプル。そう言われたい心を潜在的に持っているから…これも引き寄せって言えば引き寄せ。

私はそういう癒し業者やサイキックを散々見て来ました。大物を名乗る存在は粗方トンデモない低級霊と思った方が良いです。大天使ミカエルから真理を伝えなさいと言われたとか何とか…もう枚挙に暇がありません。そうそう容易くは名乗りませんって、ミカエルクラスになると。聖母もそう、なかなか名乗りません。日本の神様はもっと気位が高い。用心して下さいね。




さて…本題に入りましょう。





『代価は本当にお金なのか?』

私が何を言いたいかと言うと、ヒーリングやチャネリングを受ける、その代価がお金って誰が言ったの?ということです。

人間がやり始めたことしょ?ってことです。

古今東西、有史以前から運を金で買う流れを作ったのは人間でしょ? その根底には生け贄や捧げものを神様にするという風習があった…つまり人は自然の驚異に晒され、強者の支配下に置かれ、地位や名声を死守する…と、まぁ何かと祈願する風習があった…他力本願が主な思考形態がとっくの昔に確立していた訳です。

人生は自分の思うようにならないという観念が代々受け継がれてきた。従って占星術・タロット・おみくじなどなど人は先々の不安を解消するための手段を編み出したりして如何に難を避け、人生に幸運を招き入れるかと真剣に取り組んできた訳です。

宗教に救いを求めてきた訳です。

しかし1980年代から様子が違ってきました。東洋に学ぶというふうな若者が増え、神秘に触れる機会が世界的に流行してヨガやサニワが新たなページを開きました。
チャネラー・ヒーラー養成も盛んに行われるようになり精神世界は一大ビジネス産業に発展。しかしながら人の気持ちって先史以前から「お伺いを立てる」「癒してもらう」というふうに変わりがない。同時進行で養成所卒業者がデプロマ掲げてヒーラーに名乗りを上げ続けている。

いつからなんでしょうね。セッション料の相場が決まったのは…?

1時間3万円とか1万5千円って誰が、それが妥当と定めたんですか?

人間でしょ?

3万円って大金じゃないでしょうか?普通にお給料をもらっていれば。中には1回に10万円を越す料金設定している占い師もいて惜しみなく注ぎ込む信者も後を絶たない。

気が滅入りました?
私もです。これは気が滅入るほど由々しき事態と私は感じています。

今はもう目に視えない存在の仲立ちを主旨とする癒しやチャネルは三次元人社会の常識に胡座をかいている場合じゃないことをどれだけの人が気づいているのでしょう。
いつの頃からか万単位のセッション料が普通になり、私たちは当然の如く支払っています。でも、誰がそういう取り決めをしたのでしょう。精神世界をビジネスにしている人でしょ? 海外からサイキックを招待する習慣も。養成所もそう。一大ビジネスなんですよ。

でも、どうして癒しにお金が必要なんでしょう?

天使は「セッション料支払わなきゃ癒してあげない」と言うでしょうか? 私たちは生身の人間とか何とか理屈こねてると肝心なものが見えてきませんよ。

神様は「お助け料(見返り)置いていきなさ~い」と言うでしょうか? 言うとしたら相当な低級霊ですよ。キリスト教には生け贄という儀式が元々あった…旧約聖書には生け贄の羊がという表現が現にあります。愛を説いたキリストもある意味そうだとする人もいるかも知れません。私たちのためにということですよね。

でも、自己犠牲と生け贄はまったく性質が異なります。「私たちのために」という発想もいつかは卒業してもらいたいものだと私は思っています。いつかは自己責任で生きる決意をしてもらいたい。何故なら、人生を選択したのは私たち自身だからです。例外はいません!しかしながら全ては自由意志。チャネルで万単位のセッション料を代価と受け取るのも。




だとしても、私は既に『脱皮』の時が来ていると宣言したいと思います。




クライアントとなり得る人に私はこの場でハッキリこう言いたいと思います。



アロマテラピー等の技術やエッセンスを提供する癒し業は除きます。目に視えない領域を仲立ちをするヒーリング・チャネリングを受ける場合、

クライアントが支払う一番の代価は、

セッションをきっかけにあなた自身の魂の目的に開眼すること。それを持ってエネルギ-の均衡を保つのだと知ることなんです。

分かり辛いですか?

目先を変えましょう…チャネラーやヒーラーの主眼は何なんでしょう?

クライアントが心身ともに元気になること? あなたが人生の目的に気づくこと? そのお手伝いをすることが主眼ではないでしょうか?
癒し業で豊かさを手に入れる…は別次元の問題です。私もその辺を咀嚼するのに時間がかかりました。それくらいセッション料を設定するのは当然、それはエネルギ-のバランスというのが定説になっています。つまり癒し業はビジネスになって久しいということです。でも、これって精神世界業界の理屈に過ぎません。


 クライアントが充分に癒された 目からウロコがガバッと落ちた!
 その時点でエネルギ-バランスはバッチリ!イコールで整っているんですよ
 セッション料はヒーラーが自分の価値 相場を睨んで
 それ相当の値段をつけたに過ぎません

 何故なら 天使はお金がないなら「癒せません」と言うでしょうか?

 その辺のことをじっくり考える必要があると思いますよ
 あなたはそれに納得してお金を支払っているでしょう
 ヒーラーとて生半可な気持ちではセッションしないでしょうし
 食べていかねばならないという腹づもりでしょう
 でも、お金というエネルギ-を得られなくても 
 それは実行されて然るものではないでしょうか?

 金銭を得る見返りを期待するというのは人間の理屈です!あるいは低級霊?
 
 誰もが観てみぬふりしているのか 見落としているのか

 クライアントが充分に癒され「ありがとうございます」と
 感謝の意をヒーラーに心から告げた!その時点でバランスは成立しているんですよ
 
 癒しはビジネスとなって久しいが
 大本は神の領域のこと 
 人助けをして 豊かさも手に入れて「神に感謝」とは人間の理屈でしかありません

 代価を支払わねばならないのはヒーラーの方ではないでしょうか?

 神も天使もジャッジはしません
 各々の行いこそがそれに相応しい結果を招くという 宇宙の法則が働くのみ

 私は口を酸っぱくして言っています 
 意識できる範囲の善行は多寡が知れていると
 
 
 
今は多次元化が加速しています。お金というエネルギ-は三次元人社会でしか通用しません!
セッション料という概念に固守するということは三次元にカッチリ収まっているということになります。理屈ではありませんよ、実際そうなんです。

癒しも列記とした職業。

確かにそうです。しかしながら目に視えない存在介入を旨とするのであれば、それを飯の種にするってどういう了見でしょうか? 子供は大人の利害では動きません。視たままを口にします。視える子たちは「天使や神様のことでお金をもらうって泥棒と同じ」と言います。キッツイですねぇ。知らぬは・・ばかりなりではないでしょうか?

もし金品受理するにしても「お気持ちを置いて行って下さい」が健全ではないでしょうか?

仮にクライアントが置いて行ったのが微々たる金額としてもそこで不平不満を言わずに心から有り難いと受け取る心を養う。それこそが魂の修行ではないんでしょうか?
昨今の精神世界ブームはネットにも広がって、まさにごった煮の様相を呈しています。スクール卒業のヒーラーも後を絶ちません。

もうそろそろ目を覚ましても良い頃ではないでしょうか?

takakoさん、営業妨害? あら…失礼。でも、江戸時代は永遠に続きませんでしたよね(笑)龍馬伝を観ているのでつい。新しい流れって来る時は来るもの。精神世界にも新たな波が来ていますよ…あなたには見えない? ウソ…本当に?



でも、私がガ~ガ~力説しても馬の耳に念仏でしょうが、子供の「天使や神様のことでお金をもらうって泥棒と同じ」はちょっとグサッと来るかも知れないですね。裸の王様を裸の王様と言ったのも子供でした。




サイキック系ヒーリンク・チャネリングを受ける皆さん!



2万円注ぎ込んで3万円注ぎ込んで「私のソウルメイトは何処にいるのでしょうか?主人ではないような」とか何とかチャネラー行脚をするより、2万円あれば、3万円あれば、どんだけ美味しいご飯を家族に提供できるんでしょうね。

魂のご飯って、地に足ついた日常のことなんです。

あなたの心の中にすべての答えがある。

答えがまだ得られない?それはですね、答えを見つけ出そうと外ばかりにセンサー張っているからじゃないんでしょうか?

答えを知りたい気持ちをあなたの守護者が知らないはずがありません。

井上陽水の歌にありますよね。

「探しものは何ですか?見つけにくいものですか?
 鏡の中も机の中も探したけれど見つからないのに
 探すのをやめた時 見つかることもよくある話で
 夢の中へ行ってみたいと思いませんか♪」

それをもじれば、

 あなたの欲しい答えは何ですか?見つけにくいものですか?
 チャネルの人にタロットカードに聞いてみるけどお金がかかるよ
 諦めかけた時 ふっと閃くこともよくある話で
 心の中に あなたの内側に旅してみたいと思いませんか♪」

え…? 内側にどううしたら旅できるか分からない?

あらら…で、セッションに出掛けざるを得ない?

思い込みです。出来ないと決めてかかる習慣が出来上がっている…、コロンブスの卵ですよ。閃きという種は誰にでも備わっている資質です。私のように掃除機かけておる時に、ふと思い出すとか(笑)

第六感ってことです。お金をかけるだけが能じゃないし、チャネルは背中の一押しにしか過ぎない。今日日のセッション料高過ぎです。


価値はお金で決まるものではありません。



『すべては宇宙の采配』木村秋則著

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amazon『すべては宇宙の采配』木村秋則著

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ふと目についてそのままamazonで注文、今朝郵便受けに届き、そのまま読み切りました。以前にもネットの何処かで見たことはあったのですが、このオジさん♪その時はスルー(笑)タイミングがあるってことですね。
読んだ感想ですが、まずは読みやすかった。プロの作家じゃないのだけど、とてもスムーズに情景や心情がこちらに伝わってくる心地良さがありました。正直で飾らないって宝ですね。表紙の歯がないガハハ笑いも何とも微笑ましくないですか?

この本は無農薬りんご栽培が成功するまでの苦闘が描かれているのですが、普通のオジさん( 失礼!) が高校生の時に龍神と遭遇し、その後はUFO (婿養子に入った先の家が航路になっていたようで) を家族で目撃し、しかもアブダクション体験まで!俄には信じ難い体験談の数々なんですが、世の中は不思議に満ち溢れていますからね(笑)頭から疑ってかかるのも面白くない。第一…りんご作りと不思議話の奇妙なお話ではあります。キチガイ扱いされても仕方ないのに、その勇気に敬意を表したい。加えて文面に溢れているんですよ、気負いのなさが。人徳なんでしょうね。

こういう話は信じる者は信じるし・・という類いなので、その辺のことは皆さんに委ねたいと思います。町の図書館でも借りられるとこあるかも知れません。帯を脳科学者 茂木健一郎さんが書いているのも興味深い。


私は自分が何故この時期にこの本を手に取ったかを読み進めていくうちに知ることになりました。それは木村さんがUFO内部で見聞きした話…全部は記憶していないようですが、

 P161:「あれはなんですか?」
 声を出して訊ねると、彼らは教えてくれました。
 「あれは地球のカレンダーです」
 「地球のカレンダー?じゃあ、最後の数字の先はないのですか?」
 「ご覧の通り、最後の数字で終わりになります」
 (中略)
 気が遠くなるほど遠い未来の話ではありません。
 いえるのは、時間がないということだけです。
 奇妙な数字の一致(木村さんは夢でもその年号を知らされている)は、
 わたしがいまどんなに大変でも必死に働いている原動力の、
 大きな要因になっています。

 P91:マヤ歴が2012年で終わっているのをテレビで観て知りました。
 ソクラテス(夢で出逢った人物…ソクラテスのような風貌のため)が
 教えてくれた年号は、それよりは長かったものの、
 永遠に地球が続くと思っていたわたしにとり、
 「意外に早く終末を迎えるんだなぁ」と驚かざるを得ない数字でした。


この部分です。木村さんは精神世界とは無関係、アセンションなど終末論など知る由もなく偶然の一致に導かれて一生懸命生きてきた方。その数字は堅く口外してはいけないと口止めされているそうです。

私たちのように精神世界にどっぷり首まで浸かってアセンション情報に晒されていても「実際はどうなんだろう?」と半信半疑の人が大半ではないかと。中には信じて疑わない人もいるでしょうけいれど。それでもいったいどのようにして、どういうタイミングで起きるかは諸説あって謎ですよね。クラリオン星人のコンタクティ、カバーロ氏も具体的な日時は分からない「いつ起きても不思議ではない」と語っているようです。

木村さんの体験談をマユツバと頭から信じない人もいるでしょう。いずれにしてもアセンション云々は置いといても、日々を惜しみなく生きることは私たちに求められることではあります。いい加減に過ごしていると「as time goes by」一日一日刻々と過ぎていきます。



木村さんの生き様を垣間みて、私は生きるってやはり試行錯誤の連続なんだなあと。すべては宇宙の采配…でも、そこに様々な試行錯誤と気づきと創意工夫と人並み以上の努力を繰り返す木村さんの生き方は、

委ねることと、

工夫をすることと、

そのどちらもが私たちの生活を支えているし、すべてはTPO…間違ってもそこから学んで行いを正すことができると私たちに伝えてくれていると思いました。



地球時間…どれくらいかは私はさっぱり分かりませんが、妙に腑に落ちました。





そもそも癒しとは何ぞや

Category : つぶやき

誤解のないように前もって言っておきますが、私は癒しの類いにチンプンカンプンな訳ではありません。魂は日々一進一退を繰り返す進化の過程にあります。思うに…癒し業界も頭打ちじゃないんでしょうか?
今日は敢えて辛口でハードに「攻めます」。「責める」訳ではありませんよ、その辺のことも念頭に置いて読み進めて頂きたいと思います。
いつも通り私個人の所感。しかしながら目からウロコとなる人が一人でもいることを願って書き進めてみようと思います。


私は最近ダイエット醗酵酢なるものを取り寄せました。えぇ…そこまでは何ごともなかったんです。ところが取扱説明書を読んで俄然ご意見番気質に火が付き、癒し業界の人々の悪意のない押しつけに対してひと吠えする気になりました。

取説曰く
「発酵液は生きています。あなたの気持ちに敏感に反応します。ですから、是非ご挨拶して下さい。(中略)怒りなどのマイナスの波動を浴びると、微生物さんたちは死んでしまいます。もし発酵液が腐ったような臭いになったら、諦めてください。」
「薬草の精霊さんたちは、私たちをサポートしてくれます。」

多くの人は薬草の精霊さんたちを傷つけまいと配慮して挨拶をし、怒りなどのマイナスの波動で死んでしまわないように注意を払うでしょう。それが自分の精神衛生上にも良いと思うでしょう。決して間違ったことを書いている訳ではないでしょう。

じゃぁ何故にtakakoさんはご立腹なの?…ですよね。



これこそ鵜呑みの世界じゃないんでしょうか?



一方的に「あなたのマイナスの波動で微生物さんたちは「死んでしまいます」」と、「腐ったような臭いになったら「諦めてください」」と言われても従うしかありませんよね。諦めてください…ですか、何気に上から目線ですね。
正直、日常生活にはストレスはつきものではないでしょうか。私たちは人付き合いで疲れもし、イラッとすることもある…家族とさえも、違います?
確かにサポートを受けるべく取り寄せた訳ですよ。ですが、精霊ってお嬢なんでしょうか? 腫れものに触るようですね。マイナスの波動で死んでしまう…。ストレスの多い現代人にとってそれは致命的ではないでしょうか? 要するに使えないということです。

言い過ぎでしょうか?

癒しは…その時代に沿って、必要とする人によって、多様に『活性』すべきものと私は思っています。しかも癒しはお風呂に入るのにも洗濯にも通じるものがある…つまり日々のことでしょ? 感情も身体もまた汚れるし疲労もする。

薬草を煎じる ハーブ・アロマを作る そうして生計を立てている人は薬草のお陰と感謝して作っているのでしょう。お聞きしますが、何のために生産しているのでしょうか? 必要とする人間あるいは生き物がいるからではないのでしょうか? 私は揚げ足を取っている訳ではありませんよ、誤解のないようにお願いしますね。

石頭ですか?

薬草が死んでしまわないように…それでも死んでしまったら、私たちは自分を責めるのだと思いますよ。自分がいけないと。自己嫌悪に陥ってしまう人もいるでしょう。それって本末転倒ではないんでしょうか?

私は、そういう問題を抱えている人をも「任せなさい!」くらいの力強さなしに、何が癒しか!と腹立たしささえ覚えます。悪気がないだけタチが悪い。癒しに関わる人が陥りやすい傾向ではないでしょうか? だって、それで多かろうと少なかろうと薄利多売だろうと利益を得てるんでしょ? 商売抜きとは言わせませんよ!スタッフがいれば給金を捻出して労をねぎらわねばならないんでしょ?

薬草を煎じる時「タフさにコミットする」必要があるのではないでしょうか?

私は我が家にやって来た醗酵酢に向かって「マイナス波動で死んでしまうほどヤワな訳? ったく…人ってね、日々感情も身体も疲労してイライラすることがあるんだよ。そんな生身の人間を相手にせずに、キレイごとばかり言ってるんじゃない!そういうのを絵に描いた餅って言う。あんた!対話をする気があるんなら、こっちの本気とつきあいな」と宣言しました。かなりハードに「けしからん!」をぶつけたと思いますよ。




私たちは精神世界のメッセージを鵜呑みにしがちです。無防備に信じ込んでしまいます。

もし あなたが癒しを生業にしてるとします。あなたは提供する、その中に何らかの精神的圧力を加えてはいませんか?

精霊ってね
共に過ごす人の生身を受け入れる質があることをご存知ないのでしょうか?

喜怒哀楽は精霊にもあるということをご存知ないのでしょうか? 天使にそれがないと思ってます? それは完璧な思い込みです。恋は盲目と言いますが、それと余り変わりないと思いますよ。

私たちは精霊と共に過ごしながら、お互いを育て合うことを念頭に置く必要があります。

癒し業者は提供したら、自分の手を離れたら、離れた先に委ねる懐を養わねばなりません。言葉も慎重に選ばねばなりません。「死んでしまいます」「諦めてください」これってストレスを与える危険性がある言葉ですよ、実に無神経ですね。いつまで私たち提供する人~という悪気ない上から目線なんでしょう。浅いですね。



精霊ってね、

対話をし、

それに感応して、

成長するものなんです。



作られた時点の人の思いや、その人物の精霊の特徴を感知する直感も必要なプロセスではあります。ものを大切にする…それも基本中の基本ではあります。しかしながら、私たちは喜怒哀楽をも尊重するキャパシティを養うる必要があると私には思えるんですけど…。


ありがとうと入魂した水は美しいシンメトリーの結晶に対し、怒りを込めた水は壊れています。結晶に雲泥の差が生じる、それを知らない訳ではないのですよ。水にしろ植物にしろ私たちの波動に如何ようにも応えます。なので、思いやりを持って優しく扱って欲しいという提案なのでしょうが…「死んでしまいます」ですか…実際はどうなのでしょう。

癒しはかけがえのないもののひとつではありますが、一過性で自分の足で歩けるようになるためのステップ。しかしながら既に依存状態になっている人たちがいるではと思います。 癒しってキリがありません。生きている限りマイナス感情は次々にやってきます。

穏やかに暮らしたい…でも、私たちはその穏やかな心や暮らしを得るために、それらをお金で買う日々。自然界の動植物はお金を必要としていないのにね。人間に係るとこうなってしまう。仕方のないこととは言え、微妙だなあと思うこの頃です。

ちなみに上の世界にも金銭は存在しません!

宗教は怒りを百千の功徳を焼くと言い、精神世界はマイナス意識で他者を傷つけてしまうので慎まねばならないと説きます。それって間違いではないけれど、過剰反応と私には思えるし、皮算用も見え隠れしている。
私たちは怒りや嫉妬、悲しみに出逢う度に自己嫌悪に陥り、自分を責めもします。それはいけないこと!という認識はかえって自分否定になりかねません。
確かにそれらの感情は苦しいです…。身も心も苛みます。なので癒しや許しを私たちは必死になって求めてきたのでしょう。

生きている限り感情は私たちの心身に大きく影響する。

しかし、マイナスと、この癒し業者が称する感情をマイナスと決めつけるのは早計ではないかと私は思っています。

魂って案外したたかです。魂は良いこともそうではないことも体験しようと此処に集っています。癒し業界でマイナスと称される感情や出来事さえも魂は「そうか…!あぁするとこうなるんだな」と魂の履歴に刻むのです。痛い目に逢わねば痛さが分からない、これ自然の理。真のリハビリは魂の世界で如何ようにも施されます。セッション料ですか?あり得ないでしょう。

この世では癒しても癒しても次から次に問題が起きる、違います? 頭では分かっていてもどうしようもないと不甲斐なさに喘ぐこともある、違いますか?
あなたが今味わっている苦悩も怒りも悲嘆も、あなたが目指そうとしている…奉仕や、育てようとしている慈愛の心を育む縁(よすが) 。一方通行からしか見えてないから悲鳴ばかりあげてるんですよ。

被害者意識から抜け出すチャンスではないでしょうか?

自己嫌悪の靄を晴らす絶好の好機と知るチャンスではないでしょうか?

魂の計画は生まれる刹那…か?記憶にない私たちです。計画すべてが記憶にあってはチャレンジになりません。しかも次の展開が予めすべて分かっていてはシラケてしまいませんか? 知らないからこそ真剣に「何故?」と悩むし、苦しみもする。解決すれば、その喜びもひとしお!喜びも悲しみも、ということです。そうやって魂は自身にチャレンジの醍醐味を課しているのですよ。




癒し そして、その次があるということを、皆さんには気づいて頂きたいと私は思っています。




癒し業界は今もヒーラーを生み続けています。飽和状態なのに今もなお生徒を集うワークショップが後を絶ちません。
彼らは善かれと思いやっていることなのでしょうが、自分の頭の上のハエも追えない状態の人たちがヒーラーとして看板を掲げているんですよ。まるですぐにでもプロとして成功するかのようなDMも後を絶ちません。

私たちはもうそろそろ目を覚ましても良い時ではないでしょうか?

すべての経験は自分が何者であるかを知る手がかり。辛いことも想定内なんですよ。これは百人視て百人に言えることです。それらとどうつきあうかが鍵なんです。

免疫は身体だけに留まることではありません。

例えノックダウンを食らって立ち直れないような事態からだって、私たちはそれを機に対処法を編み出すことが出来る…すべての体験は私たちの魂に多大な影響を及ぼしますが、心地の良いことだけが魂の栄養ではないということです。かえって辛い体験の方が魂を養う傾向にあります、皮肉なことですが…。蝶よ花よと育った人間は使いものになりません。




癒しを不必要と私は言っているのではありませんよ!そこから一歩踏み出しませんか?と言っているんです!




癒しはお風呂や洗濯と同じ、日々に必要なもののひとつ。ですが、マイナス感情に過敏に反応してそれを否定するかのような言動は慎むべき。



ものごとは視点で変化する。



私は今現在「悩みはないよ。問題がない訳じゃないけどね」という状態です。聖人君子じゃないんですから、君子だって問題点は多々じゃないでしょうか? ギリシャ神話の神々だって強烈です。もう自分の思うようでないと暴れまくり(笑)けしからん!困ったちゃんたちです。

あなたはあなたのままで良い…それじゃ「困る!」という人が世の中にはウジャウジャいます。要するに万人に通用するテキストはないということかと思います。このごった煮社会を総なめにするメソッドは存在しません。私の発想もそのひとつ。百人がNO!でも一人「そうか♪」と閃く人がいれば、それで充分と思っています。

癒しも「あなたのマイナス波動で死んでしまう」ような商品を生成するより大切な作業ってある気がしますよ。それは悪気はなく、良かれとの思いではあるのでしょうが、押しつけだし思い上がり。

魂の本質を知らぬ者の戯言です!

第一、そもそも「死ぬ」とか「諦めてください」とか自体がマイナスの言葉でしょ!何だか浮き足立ってますね。今日の私はいつもより強くご意見番モードで発信しています。



癒しにも目からウロコの時期じゃないんでしょうか? 何様ですって?



そっちこそ。



そうそう…我が家に来た醗酵酢のその後ですが、私を味わい始めていますよ。私も味わっています。



大変なところに来てしまったあ!と今頃後悔しても遅い。他では味わえない体験をすることを私は保証します(笑、失礼!)



良い人 ものわかりの良い人

Category : つぶやき

「タイタニック観た?」と聞いてきた人がいます。ハイ?今頃なんでしょうか…ですが、話は「いやぁ僕は娯楽大作は苦手でねぇ。へへへ」と続き、「僕はミニシアター系しか観ないんですよ」と笑顔。要するに『タイタニック』はその人にとって娯楽大作の代名詞。文化人気取りも「いい加減にしいや!」な人種ではあります…フム。
その人に対して私は「偏見とホンモノを見抜く眼の違いもわからんのか!」と皮肉る辛口オンナ。娯楽大作だろうが、ミニシアター系だろうが、感性に響くものは観る!人それぞれに嗜好がある!偏見って実に視野の狭い質ではあります。どうするんでしょうね。相手が『タイタニック』に大感動して涙した人だったら…、加えてデカプリオのファンだったりして(笑)これでは会話が成り立たないと思うんですけど、私。

人はある程度の年齢に達っしたり、キャリアを積んでいたり、先生と言われるするようになると周囲の人は意見をしなくなります。「takakoさん。人が何も意見を言ってくれなくなったら、終わりです」と言っていたヒーラーがいました。その人はしっかり人の意見を聞かなくなりました。
人って本当に自分のことは見えないんだなあとつくづく思いましたねぇ。視える人ほど陥りやすいのかも知れません。私も明日は我が身ってことです。

私は常々「人が自覚できる範囲の善根は」という話をします。実際タチが悪い悪質なケースもある…無害な人だが、自己陶酔で感じ悪いケースもある。人って本当に厄介な生きものと思いますよ。良い行いをしているという自覚や、ものわかりが良いという自己認識は邪魔だとさえ私は思う。

時に私は「まさかの時こそ人の真価が問われる」とも話します。

日頃良い人もまさかの時に豹変する場合がある。それって要するに「ふりをしている」に過ぎないってことではないでしょうか。ヒーラーに多いですねぇ。何のための魂磨きなんでしょうか。自分が一番大切なのは自然の理とは言え、何とも残念な話です。そういうのを善根のザルとも言う。「あぁ私は精一杯人のお世話をさせて頂いた」と死んで目を開けたら目の前に閻魔様が…ということかと。


文化人として足る「『タイタニック』観た?」オジさんも例に漏れず、お会いする度に「僕は**の世話をしてあげたんだよ」と何度も同じ話をします。「その話、前にも聞きました」と言うとムッとするでしょうね(笑)。


人には長所も欠点もあります。それをいちいちあげへつらうものどうかとは思いますが、余りにも良い人を「実演している」だけの人が多いことに私は嫌気がさし始めています。何故かって?雑音が絶え間ないし、悪臭も絶えないからです。


今日のtakakoさん、お疲れモード? ボヤキが入っていますね(笑)。


ペルソナ…パーソナルの語源ですが、人となりを表す言葉ですね。意味は『仮面』とか。良い人の仮面 ものわかりの良い人の仮面 これらとどうつき合うか…サジ加減の腕の見せどころ!っという今日この頃ではあります。


イヤなら関わるのを辞めれば?


それも手ではあります。ちょっと意地悪き心地でグサッと辛口かますのも壮快かと(笑)


礼を尽くすを忘れず、意見はする…これサジ加減の醍醐味でしょうねぇ。


皆さんも良い人のふりはやめましょう(笑、笑いごとではありませんが)だからと言って本音ばかりでも賢くない。


本当に人付き合いとはサジ加減を学び、実践する場ではあるようです。


映画『アバター』

Category : つぶやき
しばらく出掛けてました。帰りの飛行機で映画『アバター』を観賞。スゴく心に響いたので、今日はその感想文を書いてみようと思います♪ またまたテンプレートのお着替えを(笑、分かる人には分かる)大目に見てやって下さい。(多分またすぐお着替えするでしょう^^)



さて…映画『アバター』ですが、
オスカー受賞も『タイタニック』に比べると寂しいものがあったようですが、興行収入ではかなりのハイペースで『タイタニック』を凌いだとyahooニュースで見ました。その程度の興味だったのですが、映像的にはかなり好奇心をそそられていて…なので「ラッキー♪DVD借りるお金が浮くワ」とか何とか(笑)結果は
「絶対!DVD買うぞ!」となった訳でミイラ取りがミイラに^^

まあそんなしょうもない話は置いといて、

この『アバター』は魂の絆と命の連鎖…コミュニケーションの物語だったんですね。映像3Dがクローズアップされていましたが、キャメロン監督ってメッセージ性の高い作品を世に送り出している…彼はメッセンジャーのひとりなんでしょか? 昨年だったか、CSテレビでキリストの墓を発見したとかでキャメロン監督がドキュメントを製作する意思があるとかどうとか…観た記憶がありますが、頓挫しちゃったんですかね。

まあそんな脱線話は置いといて、

アバターwikipedia では

時は西暦2154年。人類はアルファ・ケンタウリ系惑星ポリフェマス最大の衛星パンドラで希少鉱物の採掘基地を開いていた。パンドラは地球の熱帯雨林を思わせる、密林に深く覆われた美しい未開の星であり、ジャングルには獰猛な野生動物たちと、ナヴィという人間型の種族が暮らしていた。ナヴィは3メートルの身長、尻尾ときらめく青い皮膚を持ち、肉体的には人間よりも身体能力が高く、研ぎ澄まされた感覚を持っていた。彼らは原始的ながらも自然と調和した暮らしを送っていたが、テリトリーとする森の奥には地球のエネルギー問題の解決の鍵となる希少鉱物アンオブタニウムの鉱床があり、人間との間で小競り合いが発生していた。
人間はパンドラの大気を呼吸できないため、屋外での活動にはアバターと呼ばれる肉体が用いられた。アバターとは人間とナヴィの遺伝子を組み合わせ作りあげた、ナヴィの容姿をした遠隔操作用の肉体であり、オリジナルのDNAを提供した操縦者が意識レベルでリンクし、まさに自分の肉体であるかのように操縦する。
主人公ジェイク・サリーは、急死した双子の兄の代役として急遽パンドラに派遣されアバターの操縦者を務めることになった。元海兵隊員の彼は地球での戦闘で下半身不随になっており、パンドラでの任務の報酬で麻痺の治療を受けるつもりだった。しかしパンドラでは、アバターのボディを借りている間だけ、再び歩ける体を取り戻すことができた。ジェイクは採掘基地の傭兵隊長(大佐)と出会い、同じ軍関係者の誼もあり、ナヴィを偵察する密命を引き受けた。
ある日、アバターとしてフィールドワークに参加していたジェイクは仲間とはぐれ遭難し、ナヴィの女性ネイティリに助けられた。彼女は若くて美しく、そして勇敢な戦士であった。部族の長老はジェイクの元戦士という経歴に興味を示し、ジェイクの教育と訓練をネイティリに命じた。それは当初、ジェイクにとっても偵察に好都合だった。しかし、ナヴィと共に暮らし、パンドラの自然の神秘を知り、ナヴィに受け入れられてゆくにつれ、ジェイクはパンドラにおける人間の振る舞いの正当性について疑問を持つようになっていった。
一方、人間側は採掘の障害となるナヴィの存在に苛立ちを強めていた。平和的な解決を模索するジェイクだったが、人間とナヴィの対立はやがて避けがたい武力衝突へ発展していった。


と物語のあらすじが載っています。

主人公ジェイクがナヴィの長の娘ネイティリに出会い頭、
「あなた(たち)はベイビー。何~んにも分かっていない!」とキツく言われる場面があります。要するに文明人 気取りでナヴィの人々を野蛮人と見下している人間の愚かさを指摘するんですね。でも、ジェイクはその意味を知る由もありません。機械を創造し操作して、戦闘にも長け、科学にも通じている。

まさに不遜きわまりない征服者なんですね、人類って。自分たちの欲するところに正義をふりかざす。

これはアメリカ開拓者がネイティブの人々の土地を不当に占拠したのを思い起こさせますし、ネイティブの人々を自分たちより下等で迷信深いと見下したことも思い起こさせます。文明の力を武器にする辺りも。

これ以上話すとまだ観ていない人の楽しみを奪うことになるので控えますが、キャメロン監督は映画という手法を用いて、如何にして多くの人に自分の思い描くビジョンを広く観てもらうかに心血を注ぎ、
映像で訴えながら観る人の心に何かしら「地球に生きる意味」や「共存し尊重して生きる難しさ」「生命の営みの神秘」などを灯そうとしているかを私は感じました。

それぞれが考える機械を提供している一人なのでしょうね。



この映画は私たちに自分たちも自然の一部であることを「宣言しよう」と言っているかのようです。

一番進んでいるように思っていたけれど、一番独りよがりだったと正直に認めようと促しているかのようです。

私たちは命の樹の一部と。



すべてに個性があり、すべてに様々な違いがある。それは違和ではなく尊重すべき愛すべき創造の産物なのだと。精神世界を闊歩し「全てはひとつ」「根っこはひとつ」とまるで真理を悟ったようなことをブログでつぶやき悦に入っている人をずっと以前見かけたことがあります。私は彼らに、

「ならば、ブログのような顔の見えないぬるま湯でなく、戦地でメッセンジャーをやれば?」と

「ならば、親を殺され復讐心に燃える子供に言ってごらん!」と

言ってやりたい!と思いました。まさに絵に描いた餅ではないか!自分が一番気持ちが良いだけだろ!と怒りさえ覚えました。



根っこがひとつ…と言えるのは痛みを知るものだけです。相容れないまでの環境に身を晒した者だけです。釈迦がそうでした。イエスがそうでした。

人って平常時は美しいことを言えるものです。まさかの時に真価が問われることをどれだけの人が知っているのでしょうか?キャメロン監督だって、自分の身が危うくなったら自己保身に陥るかも知れません。そんなこと誰にも本人にも分からないのですよ。

自分の身を投げ打つって、なかなか出来ることではありません。この世界には危険を顧みず突き動かされて支援活動をしている人がたくさんいます。

私は「みんな一緒」「すべてはひとつ」と言う前に大切なことがあると言い続けてきました。そんな私なので余計に『アバター』は響いたのかも知れません。



ナヴィの世界はお金が存在していません。すべては自然の一部。すべては循環する。



すべてはそれぞれに個性は異なろうとも「繋がっている」…繋がっていれども生命の種は無限大…このことを真に理解していれば、何故ナヴィの世界にお金が存在しないかが理解できるはず。

出どころはひとつなんて本気で思っています?

宇宙の星の数、魂の領域の数を知った上でのご乱心ですか?

無限大なんですよ!たかが数回転生したくらいで世界を知ったような、宇宙を悟ったような、魂の本質を理解したような、したり顔をするんじゃありません!やっと小学校を卒業するかしないかのレベルなんですよ。まだまだ義務教育は続くんですって、そこのあなた!



久々に吠えてますね(笑)



映画『アバター』の主人公の勇気、マイナスからだって出直すぞ!という決意のスゴさに、私は「まさかの時」に自分は勇気を奮い立たせて行動することが出来るだろうかと…気が引き締まる思いがしました。



平常時の悟りモードは緊急時、当てになりません。これ本当…!



アバターはフィクションですが、真の勇気が試される…人生ってそのように出来ています。







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(2016年12月27日記)

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