降誕人(結び)

Category : ウェークアップコール

「結び」からの記事スタートとなります。今年も思うままを書いていきますが、気が向いたら目を通して頂ければ幸いです。



知り合いの「ホンモノは隠されている」というひとことが今も心に残っています。この言葉は精神世界で禄を食む人たちへの痛烈な批判も含んでいますが、決してそれだけではないように私は感じているんですね。

何をしてホンモノと言うかを私なりに紐解いてみようと思います。いつものように私個人の見解なので参考程度に読み進めて頂きますよう。まずは、




[ 降誕人 ]

天界・天使界から降臨した魂を指します。

私が見渡す限りではあるのですが、精神世界をビジネスにしている人…1割も満たしていないという気がします。それには幾つか理由があって一番多いパーセンテージを占めているのが、

・利益を得ようとする人
・先生と呼ばれる人

この2種だと私は感じています。いずれにしても貨幣経済のただ中にあっては普通のことだし、人の尊敬を集める立場に立つのも決してやぶさかではありません。では何故なのでしょう?

この世界には「なんちゃって神さま」がウジャウジャいます。彼らはある種、幽界の存在。色々問題点が多いため神さまの序列に加わること叶わない彼ら。その中から最後のチャンスとばかりに転生してきている人がスピリチャル界隈を闊歩しています。通力が強いのがその特徴のようです。

ところで皆さん、
みんながみんなではありませんが、占い師に独身が多い…それは何故か考えたことありますか?例外もDr.コパですか?風水師の、いますけど(笑)。

独断と偏見ですが、それは人さまの苦悩が飯の種だからではないかというのが私の結論です。一見は人の役に立っているかに見えます。見えますが、高価な宝飾で着飾っている運命鑑定士いますよね。まるで孤独と引き換えのようだと私は思ってますけど。鑑定がズバリ当たる!先生と呼ばれる身分になる!人助けをしているのだから「それくらいの贅沢は大目に見てよ」なのでしょうか。女の幸せを投げ打って人さまを導いているから?

ですが、
・人の役に立つことと、
・儲けることの間には
深くて大きな溝があります。その溝を埋める宝飾・御殿なのでしょうか。

ずいぶん前のことですが、有名な易学総本家に女主人がひとりぽつねんと暮らしていたと聞いたことがあります。吉方位を張り巡らせた屋敷の主であり、全国に支部を置き敬われる身分なのですが、孤独だったといいます。
確かに女の幸せってものも結婚がすべてじゃないですし、孤独覚悟で衆生を救おうという志の持ち主もいるのでしょう。

でも、神さまの世界から降臨した魂は自分を華美に贅沢に着飾らせることには興味を示さないと思いますよ。内面勝負。目は心の鑑とも言います。豪華な宝飾で身を包まずとも清々しく美しいのが特徴です。

そして、
不思議なくらいに普通の暮らしをしており、人さまを啓蒙しようとか人の上に立とうとか興味がない。アセンションのアの字も知らず「それ何ですか?」な人だっているのですよ。





[ ホンモノは隠されている ]

ここでいうホンモノとはひとことで言えば、精神世界を食いものにしない人。これに尽きると思います。これは長年スピリチャルに頭のてっぺんまですっぽり浸かっていた私だから言えることとお察し下さい。どんなに謙虚でいようとしたって、医者でも教授でもないのに一度「先生」と呼ばれてしまい、その状況を放置していると慢心は起きます。本人に自覚がなくてもなんです、そこが怖いのですよ。

ホンモノってサイキックとかそういうことではなく、普通に人の暮らしをしていたりするようです。

キリストや釈迦が悟りを開いた時代は…約2000年前はまだまだ人類の集合意識自体が未熟で心の拠りどころとなるお手本や象徴が必要とされていたのだと思うんですね。
今もまだまだ未成熟ですし、凝りないっていうのですか?いつになっても戦火が止むこともなければ、格差を埋めることも人間はできていません。宗教を隠れ蓑にして金儲けしている輩も後を絶ちませんけど。

加えて人を変えることは出来ません。啓蒙にも限界があります。何故なら私たち全ては自由意志の上に活かされているからです。

この世界には今も宗教の厳しい戒律に身を置く民族がいます。無神論者もいます。国家レベル教育的指導の元に自由な発言を許されていない国もあります。私は今、日本にいますから、封建時代に比べれば色々自由に選べる時代と思うんですけど、世界にはまだまだ階級格差が歴然とある国だってある訳です。

いち宗教団体が世界を救うなんて思い上がりも甚だしいと言わざるを得ない訳です。





[ 自覚がかえって邪魔になる場合 ]

みなさんは一度は人の役に立つ人間になれと言われたことがあるのではないかと思います。

でも、人の役に立つって本人は一生懸命でも案外微妙じゃないかと私は思っています。あるいは平常時は良い人なんだけど、肝心な時に我れ先な行動に走ったりする人もいます。あるいは一見謙虚なんだけど、選民意識が鼻をつく(笑)残念な人もいます。

そのどれもが本人が『自覚』している、それが共通点です。

利他心という美しい言葉があります。でも、どれがそうでどれがそうじゃないのか…実際は微妙と思いますよ。人間が自覚出来る範囲って多寡が知れています。役に立ってるのかどうか分からないくらいで調度良かったりする。余ほど修練を積んだ魂でなければ利他心を自己満足を越えた領域まで高めるって難しい気がします。特別待遇を受けてつい笑みを堪えきれないというのも頂けませんねえ。ご意見番発言連発ですね(笑)takakoさん絶好調!





[ 降誕人の中には ]

ある天使を地上に降ろすことになったので「ちょいと母ちゃん業をやっておくれでないか?」という依頼を引き受けたという魂もいるようです。カルマがあるとか修行とか無関係な存在。

あるいは天地を結ぶお役目があって人間を『着ている』魂。ただし精神世界で食べていこうなどと思ってもいないようです。

やはり、
運命鑑定やサイキックで人に影響力を与えようとする…人助けと皮算用がセットという思考は如何なものかという結論に辿り着いちゃいます、私。







ふと今思い出しました、空海…(唐突ですけど)

地方を行脚したんですよね、空海は。

今、視ているんですけど、装飾華美は一切不必要。内面からの輝きが凄まじい…!それでいて素朴さが伝わってきます。

悟りって、

天に持って還れるものは身ひとつというのでしょうか…体験したことが全てで。人の賛辞も人の羨む暮らしも余り意味がないのかも知れません。




何故思い出したんでしょう、空海…。そう言えば…これまでに数回、空海のお守りを拾うことがあったりします、私。不思議ですね。だからと言って何かスピリチャルなことがあった訳じゃないんですよ。普段通り。

いきなりの空海…今日は対話をして就寝することにしますか。ちなみに私のいう対話は言葉ではありません。何だか伝わってくるよね~という類いで(笑)。



気のせい?



それもまた一興じゃありませんか。



何だかとりとめのない話に終始してしまいましたね。最後までおつきあい下さって、感謝します。





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(2016年12月27日記)

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