気持ちの問題って侮れません

Category : 魂のご飯

最近、アニメにもなった『クリスマスキャロル』。高利貸しのスクルージ爺さんが良い人に大変身するという寓話ですが、これはフィクションだからといって侮れませんぞ!という…熱弁を今日は揮いたいと思います。(ご意見番炸裂の記事になる予感がしますね、笑)


大多数の人はまさか我が身に降り掛かろうとは思いもせず、何ごとも人ごとで大かた片付けて日々をやり過ごしています。例えば、
私は昨日電車の車内刷りを見て「これぞ」と思ったのが、エイズが若者の間で…1日4人の発症という、つまり検査を受けましょうという広告。若さはバカさという(失礼…!)これはいつの世も変わらぬ風物詩。自分のことを振り返れば、よ~く分かります。

また、ウチの者曰く「バカがバカを育てているんだから、世の中がおかしいのは当たり前」という、容赦ないですねえ(笑)。このひと言は世相がそれを証明しています。%に照らし合わせ、全体像を小高い丘(出ました…!)から眺めてみたら、どういう景色になっているかという。
少数が幾ら頑張っても、まだまだ『人ごと』という認識が私たちが住む世界の全体図。大多数という括りはそのように影響大なんですよ。なので、何もかもが人ごとじゃありません。私は違う!と叫んでも詮無いことなんです。まさにマイノリティ・レポート(少数意見)。

温暖化をはじめ、人間の意識こそがこの地球に君臨して久しい。

人って末期になって初めてというところがあります。あるいは「誰かがやってくれる」という安易さがある、違います?
みんなで渡れば怖くないもまかり通っています。誰か少しでも自分たちと違うこと…慣れ親しまないことを始めると排他的な空気を醸し出す、これぞ!大衆心理。違います?

私はこの大衆心理から遠い自分を痛感して生きてきました。生き方が下手というのはこういう気質が起因しています。
子供の時から何だかお呼びでない空気に自分を晒してきたように思います。クラス一丸となっての排他を被ったこともあります。
男尊女非の九州…女がハッキリものを言うことを良しとしない風潮は健在で、面等向かって「あんたは生意気やった。女はあまり意見を言わん方がいい」と学生の頃に言われたことがあります。若者がそういう状態なんですから、熟年層は言わずもがなでした。

まあ今にして思えば、私の方にも問題はあった…容赦なかったでしょうね、見えるようです(笑)直球一筋。

でも、男であろうと女であろうと意見を戦わせるのって大切と思うんですけどね。主張って相手とのせめぎ合いですからね、そりゃあ言い負かされて痛いとか、悔しい思いとかは私にだってあります。でも、(私が)「生意気だった」せい?それはないでしょという気持ちは残りました。

まあどっちもどっちってことです(笑)

いずれにしても、人は生まれ育った地域の習性を引き継ぎます。
広い世界に出てはじめて、自分の認識がローカルなものだったと知る。それが地方色という味わいにもなる。すべてはTPOなのでしょうね。そのTPOがなかなか機能しないのも人の悲しい性。何かと言い張って歩み寄れなかったり、コンプレックスになったり、

とかく人世は騒がしい。

歩み寄るというのは高度なテクニックを要することなのかも知れません。主張すべきところは主張し、相手の言い分にも理解を示す…なかなか出来ることではありません。
違いは個性ということで、面白がるくらいの心の余裕が大多数に広がり始めると良いでしょうね。色んな人がいて、色んな種類が生きている、そうして世界はひとつという…そういうムーブメントもありながら、

とかく人世は騒がしい。

基本的に、
人は心地良い距離感を保つのが不得手ではないでしょか。それが私の人間業から得た悟りです。そこから学べることが多かったように思います。
これを大多数が実行すると俄然!世の中は「チェンジ!」するのではないでしょうか。主張は排他ではなく、互いの言い分が損なわれない知恵が論議され、芽生える、

大多数はここまで進化してはいません。余りに利害が絡み過ぎて身動きが取れない。それが国際・国内情勢ではないでしょうか?

中道貫きつつ、自己を失わず、相手を尊重する…、本当に難しいですよね、この精神性は高度。釈迦の悟りに通じるものがありますからね。



え…と何の話をしてたんでしたっけ?あ!そうそう、気持ちの問題でしたね。



クリスマスキャロルの(笑)、
スクルージ爺さんは架空の人物ですが、これは形を変えて多くの人に当てはめることができます。私の中にもいます、頑固者が。

気持ちというのは魂に直結しています。

気持ちって目に見えません。でも、しっかり日々の私たちの暮らしを形作っています。それは人間に留まらず生きとし生けるものは、生き抜くため子孫繁栄のための意思を持っており、「もっともっと」という具合に進化の道を辿ってきた…、環境に沿う機能を世代を越えて養ってきた訳です。

つまり気持ちってエネルギー、閃きの連続で成り立っているんですよ。閃きは私たち生きるものの内面から波形を描くように外に向かって広がっていきます。それは本能から理性に到るまでを網羅しています。

個性がその運命の鍵を握っているのです。

魂は何かを成し遂げようと地球にやって来るのですが、成し遂げたい何かを成就するためのツールとして生体を選びます。その生体自体に『個性』がある、

不思議なことをtakakoさんは言うなと思うでしょ?

魂の個性を反映しているんじゃないの?と思うでしょ?

それもあり、なんです。説明が必要ですね。

そうですね…例えば、消極的なタイプの魂が、それを克服するために敢えてアグレッシブなタイプの生体を選ぶこともあるのです。火付きが悪いってこともあるのだけれど、いずれにせよ主張する機会は否応なく訪れます(笑)。
そのプロセスで経験する葛藤や試行錯誤を単純にカルマとかトラウマとかで片付けるのは早計です。逃げられない痛みがあるから、人は何とかしたいと欲する訳ですし、答えを知りたいと思う訳です。

それは風雪に耐える植物と同じ。そこをくぐることで綺麗な花を咲かせ実を成す。

魂は逆説的なツールを用いて自己実現することもあるんです。色々試したいのだと思います、自分の可能性を。

スクルージさんは本来は暖かい魂なのかも知れないんですよ。彼は自己回帰をして自分が一番欲しかったものから遠ざかっていった経緯を体験して。

心を取り戻した。

本来の魂がそうだったので成し遂げられたことだと私は思うんですね。いったん冷徹になるべく人生を歩んで、人の愛の素晴らしさを体感したいという回りくど~い計画だったかもしれないのです。

クリスマスキャロルは寓話です。

でも、そこから人の心というものを私たちは視ることができます。視えない心を見ることができます。

この世を幻という人がいます。

でも、私はそのような議論に参加する気はありません。

私たちはこの世のツールを使って何らかを体験する『意思』を持っていた…、この世界はそのためにある要なものですから。ないとかあるとか、四の五の言わずに「生きてみればイイじゃ~ん?」と私は思います。

気持ちは、

魂と生体(実体)との共同作業。ふたつは運命共同体です。魂は体験する肉体と心と土壌を欲しています。

心は魂の器です。

五臓六腑の中にある異次元。


私たちがここにこうしているって、何気に多次元なんですよ。頭で分かろうとするから訳分からなくなる。チャクラもそう。オーラに至っては生命エネルギー。

すべては自己責任。それだけ私たちは自分に価値を見出しているんです。本人はキョトンとしてるんですけどね、私は生きる価値があるんでしょうか?などと思いつつ。それって生き甲斐を見出せていない、それに尽きます。
生きる意味が見出せないのも思い出せないから…。考える葦とか何とかいうことで七転八倒するんですけど、それも「思い出せない」からに尽きると思います。

すべてを覚えてたらツマラナイんでしょうね…。ソウルメイトとの出逢いも偶然バッタリ!だから、喜びもひとしおな訳ですよね。何もかも把握してるって、それほど退屈なことはないと思いますよ。「あぁ、あなたね」ということで(笑)世慣れた感じで新鮮みがなくて。

そう、鮮度でしょうね。記憶に留めていないからこそ、新鮮に驚き、悲しみ、喜ぶ。魂は策士ですね!



今回はスクルージさんの寓話を題材に話を進めて来ましたが、魂は七転び八起きしても体験したい何かを持っています。人それぞれに実現したい何かがあって、わざわざ此処にやって来て、

中には当初の計画とは違う成り行きを経験することもあるのだと言います。それもあり!だと。それだけこの人社会は複雑で難しい舞台でもあります。それでも順番待ちしてでも、肉体を得ようとする者はあとを絶ちません。

気持ちの問題を、

体験しようとする者たちが集う世界。なのでこれだけの不協和音なんでしょうね。そこで私たちは自分を見失わずにいる必要があります。

気持ちの問題で人生が180度変わる、

心の持ちようで、私たちは自分の人生を豊かにも粗末にもすることが出来る。

すべては自分次第ということに尽きます。






[追記]

世の中には宇宙人が世直しのために我々の前に姿を現すと頑に信じている人がいるようですね。昨年の宇宙人公式出現で懲りず…、チャネルメッセージに依存している人も後を絶たないようです。
私は、そこに至るまでの最初の一歩的な発想や直感は間違ってはいないと思うんですよ。ただ…より霊的な冷静さと知性を養う必要を感じます。
チャネル情報に希望を託すのは個人の自由ですが、それならばこそ、希望的観測で物ごとを引き寄せるところから卒業する必要があるような気がします。一途に信じて、何かがあるという予感を吹っ切れずにいるのは確かでしょう。

何らかの予感は決してガセではないと思います。思いますが、思い込みは頂けません。チャネル情報に頼るのも危険という、一連のことはそれを物語っている気がします。何処かに救い主が現われて世界を救ってくれる…彼らにとっては銀河連合ですか?
でも、人類という括りでの集合意識はそういう一大イベントに総動員で遭遇するまでには進化していません。武器を打ち捨て、世界政府樹立の気運が高まっているかどうか、冷静に判断する必要があるのではないでしょうか。

どうしようもない世界の末期状態がそれに拍車をかけているのでしょうね。もう他力しかないと。

宇宙連合とコンタクトしてる、それは自称ですか?怪しいですね。それを証明するには確実に指定された時日にイベントが実現する…それ以外にない、違います?
人類の意識がどうの…そんなこと最初から分かってることでしょ!と私は思いますけど。日程が延期になった?もう話になりません。どこか冷静さに欠けますね。
宇宙連合からのメッセージを発信している、それ自称ですか?昨年の10月14日でしたか…、その真の意味を解することが出来ない者にチャネルの資格などありません!

あの時期、確かにシフトはありました。ありましたが、人類とETとの公式遭遇という意味合いは微塵もありませんでしたよ。

シグナルの完璧な読み違いです。

それなのに宇宙存在の名を借りて謝罪文を発したチャネラーがいることを知り、私はため息を禁じ得ません。集団催眠にでもかかっているのでしょうか。

いつになったら成りきりから卒業するのでしょう。そうやっていつまで信じたい!人々を惑わすのでしょう。彼・彼女自身が信じたいのでしょうか?
宇宙存在、天使のチャネルを自称している人は自称以外の何ものでもありません。使命感ですか?使命より克服すべき何かがありそうですけど、本当に困った現象です。
何かを感じる、何かに語りかけられたような気がする…そこからチャネルが始まるようですが…、それが本当にそうなのかその人自身も分からないのが実情じゃないんでしょうか?

正式コンタクトを待つ…その希望を持つのは個人の自由。でも、チャネルが頼りとは…何と心もとないことでしょう。マイケル・ジャクソンのチャネラーも既に出現しています。こういうのを祭りと言います。懲りない人たちですね。



こういうムーブメントも気持ちの問題の括りのような気がしてなりません。






映画『コンタクト』を観た方は私がいう祭りの意味が分かると思います。祭りに参加している人には真のメッセージは降りません。…っていうか、宇宙存在は既に活動しています。

正式に登場する必要性が何処にあるというのでしょう。

証明する必要性が何処にあるというのでしょう。

既に夢やビジョンでメッセージを受け取っている人がいるのです。それはメッセージに留まらず、内容は具体的。いざという時にその人自身が何をすべきかはとっくに告げられているのですよ。

私たちは自由意志に則って転生してきたのです。手取り足取りは許されません。自分で蒔いた種は自分で刈り取るのが宇宙のルール。宇宙からの転生者は既に自分が為すべきことを知り、それに備えています。目立つ行動はしていないと思いますよ。

いずれにしても、
宇宙存在は『見守っている』のだと悟るのはいつのことなのでしょうか?



無論、高次の宇宙存在から人間に転生してきた人物はいます。オバマもその一人と私の直感は告げています。ただし…人間とは大志を持ってさえも利害が絡んで初心を貫くのは大変です。

生温いチャネルでお茶を濁す暇はないはず!

小さくても私たちは私たち一人一人に出来る何か…地球に貢献出来る何かを実行する必要があり、日々コツコツと積み重ねることが大切なんです。

チャネルを求めるのは「何かがある」という予感があるためと思います。チャネルする側も何らかの予感を持ってのことと思います。ですが、ネット公開しているチャネルの何%が真実を告げてるというのでしょう。



これから、
増々、私たちは内的直感を研ぎすますことが求められていくと思います。



情報に翻弄されるのはもうこの辺でお開きにした方が良いのではないでしょうか?






過去世の記憶ほど

Category : ウェークアップコール

…いい加減なものはないというのが私の正直な感想です。
時間枠は私たち人間の三次元ツール。過去から学ぶべきものがあり、歴史は過去から未来に刻まれている。この時間枠はそれはそれで有効なんですよね、確かに。

ヒプノセラピー療法は私たちに今世だけが人生ではないことを大衆に知らしめました。もちろん知ってる人は知ってるし知らない人は知らないという範疇ではありますけど。大人になって忘れ果てていた記憶が鮮明に甦ったり、胎内の記憶や親の思いなどを追体験する人もいて、療法士もかなりの数いると思います。

それは意識の旅。

生まれる前の記憶を語る子供の存在もあり、過去世や霊界は私たちにとってもう絵空ごとではなくなりました。自分の子供が不思議な話をし始めてギョッとした友人もいて、その子が成長して「そう言えば、こんなことを言っていた」と話すと「何それ?気持ち悪りぃ」と言ったという話も後を絶ちません。ちなみにウチの子はそういうのはゼロ。今も天然ぶりを多いに発揮してはくれますが…(笑)。


さて、
前世の記憶というのを私は否定はしません。

しませんが、「自分は信長の生まれ変わりだと思う」と思い詰めて告白する人。「親友(女性)が義経の生まれ変わりらしい…霊能者がそう言っていた」と仰天話をする人。あるいは「私はマリー・アントワネットの生まれ変わり」と自称する女性が複数いたり…どうして皆さん有名人ばかり?と思うことがスゴくあるんですね。

ちなみに義経の生まれ変わりは…確かに現在、転生しているようです。でも、仰天話の女性じゃありません。微妙にエネルギーがマッチしないのです。もし同一人物なら完璧に一致するので私にも分かります。

ただし以前にも書いたことですが、
霊界には例えば…ジャンヌ・ダルク、
彼女に惹かれる集合意識が集うエリアがあって、ジャンヌ・ダルクの記憶を共有しているというケースがあるんです。有名な戦国武将の記憶が自分にはあると公言している人もいるようですが、その人はエネルギーの一致がまったく見られません。チャネラーにも視てもらったが否定しなかったと言うんですけど、チャネラーは情報をキャッチして伝えるのが仕事。その人の記憶にあるものも読む訳です。
でも、その記憶が「特定の有名人に惹かれる集合意識が集うエリアがあって、その記憶を共有しているというケース」なのか、実際そうなのかを見分ける人が少ないのかも知れません。

記憶がある…夢に見る…、霊視もその記憶を拾うことがあります。私はたまたま偶然、集合意識のエリアに気がついた…なので、その差異を見分けることができるようになった。それだけ余りにも有名人を名乗る人がたくさんいるということです。

集合意識は映画スターやアイドルのファンクラブと同様の性質を備えています。
スターを…そうなんです!彼・彼女たちにとってはスターなんです。心から慕う気持ちや尊敬する気持ちを持っており、スターの全てを知りたいという熱意に溢れています。
肉体を離れるとそこは想念の世界ですから、思う処に時空を超えて行くことができます。厳密に言えば、彼らは映画を観るようにスターの追体験をする訳です。

そういった純粋な想いを潜在的に保って転生する…、まるで本人でもあるように振る舞ったり、記憶がある(追体験があるため)、その背景にこういう仕組みがあることを知る人はまだ少ないのかも知れません。

魂は自分が納得するまで引こうとはしません。

あるいは、
自分の性質を特定の有名人に当てはめて「私はマグダラのマリアではないでしょうか」という女性もいました。
その人を例にとってみると風評に根ざすとか伝承とかいう先入観でしかない根拠。実際のマグダラはどうだったかなんて誰にも判らないですからね。
まあそれで本人が心地良いなら、それをとやかく言うのも如何なものかとは思いますが…、違うものは違う訳で。まあそれも「takakoさんは違うと思うんでしょうね」で話は打ち切りになる訳で。究極は私にも分からないんだけど、明らかに「あなた違うし…」という人がその人に限らず大半です。

有名人ではなくても、過去世の記憶というものは私のブログと同様に参考適度ということで、余り掘り下げない方が良いかも知れません。思い出すことでトラウマを解消出来たのなら言うことはありません。でも思い出したから、かえってややこしくなるケースが実際あるのです。

第一、時間軸は過去から未来にだけ流れているのではないようですから。

魂は自分の学びに相応しいシチュエーションを選び、その機会を得る訳ですし、私が視る限りではありますが、魂は『位置する』…時間は関係ないケースも見受けられます。

中には自分のお母さんが生まれ変わって自分の子供にというケースもあると言います。その場合は過去から未来へと流れる時間枠に沿って、愛する魂の家族の元に生まれ変わることを希望したということになるのでしょうね。



私にも10年くらい前は夢に過去世と思えるものが出てくることがあって。目覚めても鮮明な記憶が残って。でも、だんだん何だか時代が複数重複しているケースが出て来て「あれ?」と立ち止まってしまったんですね。
あるいは、ふとビジョンで視ることもあったんですけど、人生の全体像がまったく伝わって来ない、人生の一時期しか「ないじゃん…」ってことも。その不自然さに「これは鵜呑みには出来ないな」と気ついたんですね。私より過去世が鮮明に見える知人がいたんですけど、当たるも八卦当たらぬも八卦な状態で…本当に微妙なことばかり。

それで目が覚めた…!

過去世の記憶の全てがガセという訳ではありません。人間関係の糸口になったり、人生の目的に目覚めたりということもあります。

でもね、私はこう思うんですよ。
魂は地球の人社会の時間枠を使って、何かしらを意図して体験しにやって来ているようだし、一番相応しい時代・人間関係・場所を選ぶ権利を有している。もちろん勝手気ままという訳ではないけれど、学びの段階に応じてということなのでしょうし、本人が気づくまでは繰り返しを体験するということもあるでしょう。

いずれにしても、
過去世にしても時間枠を使って『位置』している、そういうことだと思うんですね。意識し過ぎず、淡々とが一番と思うんですけど、皆さんはいかがですか?

私は今にフォーカスした方が賢明と思います。

過去世の縁が深いとかいうことに捕われて、ご主人を「愛してる訳じゃないのよね」と言い出す人や交際相手がソウルメイトかどうか気になって仕方がない人もいました。

そういうふうに囚われて人間関係が微妙になることもあります。縁あって家族になっているのですし、日々の暮らしこそが大切。もし連れ合いがソウルメイトじゃなかったとしても、です。それには深い部分の同意があって、何らかの意図があって、そういう事態をチョイスしてのこと。魂の故郷での再会が楽しみってケースもあるのだと思うのですよ。





第一、眠っている間に何処に幽体離脱してるかも分かりませんよ(笑)。

私はですね、眠っている間に映画の中の登場人物のように、地球時間のいずれの時代の人物にウォークインして追体験しているかも知れない、なんて思ったりします。あるいは想像の産物として「あぁもして、こうもして」と。
だからかあ!と、鮮明な夢…過去世の記憶か?としか思えないほど鮮明な夢は、意識の旅のようなものかもなあと思ったりもして。ビジョンもその括りのような気がしています。有名人は今のところ…なく、ホッとひと息といったところでしょうか(笑)。

私が過去の有名人の生まれ変わりと主張し始めたら、皆さん止めて下さいよ。





忘れもしない(笑)1997年ベルリンで「あなたがベルリンにいる間、私があなたを守ってあげる」という声を聴いたんですね。それも空港からのバスの中で。ベルリンの公園の森が見えてきて…それはそれは美しい秋の風景でした。何気に車窓の風景を眺めていた時、公園の遊歩道に白いドレスの日傘をさした女性と寄り添うように歩く山高帽の男性の姿が…、もう疲れが一気に吹き飛んじゃいました。声も聴こえたので思わず周りをキョロキョロ。まあ…その時は気のせいと。

ところが…次々にトラブルが解消されていくので、私は途中でハタと気づきました。私が滞在したホテルのエリアはウンターデンリンデン(菩提樹通り)、森鴎外がエリスと出逢ったという教会も目と鼻の先…しかも森鴎外が下宿した場所もそのエリアだったんです。

ああ、そうか!と。エリスさんは日本人がベルリンに来る度にこうやって歓迎してくれてるのに多くの日本人は気がつかなかったのかもと。私はたまたま気づいたよねと。本当に幸運続きでしたから、心から感謝しました。

帰国後、友人にその話をしたら「あなた、森鴎外なんじゃないの?」。
皆さん…私が凍てついたのは言うまでもありません。何故なら帰国後からドレスの裾を引きずる音やリビングで髪の香りやブラウスなんでしょうか…柔らかい日だまりのような香りがするようになったんです。気配がするんですよ…本当に不思議な体験でした。そういうことがしばらく続いて、

「私は林太郎(鴎外の本名)さんじゃないから、ベルリンに帰って下さい」ということで引き取って頂きました(笑、笑いごとじゃありませんけど)。程なく気配が消えました。霊界に還って下さいが正解だったんですけど、焦ってたんでしょうね。

でも、皆さん安心して下さい。私には鴎外の記憶はまったくありませんし、夢にも見ませんでした。霊視しようとしても何も伝わってきませんでした。第一、彼女の名前がエリスかどうかも名字も調査では判明しなかったのだそうです。鴎外は自分の死期を悟った際、奥さんにエリスと交わした手紙を消却させたそうです。身体が弱ってたのでしょうか…。誰にも立ち入らせることのない大切な記憶だったのかも知れないですね。自分の死後、大衆の好奇の目に晒すことを避けたかのようです。彼女は鴎外を追って日本に来たという経緯がありますからね。

いずれにしても、
こういうふうにハマっていくんだと思うんですよ。不思議な体験をして偶然が重なって信じ込んでしまう。何処かに選民意識が潜んでいるのかも知れません。



時には疑り深い性格も功を奏するようですね。平常心が何よりです。





ハーモニック・コンバージェンス

Category : アセンション

映画『2012』が話題になっています。これはマヤ預言からヒントを得た娯楽大作。終末論がベースになっているようですね。(『マヤ預言2012年12月22日の解釈』参照 )

マヤ預言に関連した興味深い事柄の中に『ハーモニック・コンバージェンス』というものがあります。耳にした方は多いでしょうし、詳しい方もいると思います。
私はあまりあちこちネットサーフィンはしません。しませんが、時々チェックしている中に『ヤスの備忘録』というブログがあります。ここはあくまでも検証していこうという姿勢。信じるとか信じないではなく、アセンションを絡めつつも世界経済の動向をも示唆した内容で毎回読み応えがあります。

ここで私は数年ぶりにハーモニック・コンバージェンスという文字と再会しました。



ハーモニック・コンバージェンスとは…ヤスの備忘録からの抜粋(誤字・行間修正しました)

(※ヤス注 日本ではあまり知られていないが、1987年8月16日から17日にかけてはハーモニック・コンバージェンス(調和の収斂)と呼ばれる現象が起っている。これは欧米のニューエイジカルチャーの画期をなす現象で、マヤカレンダーを有名にしたホセ・アグリエレスが広めた考え方だ。
1987年8月16日から17日にかけて、月、太陽、地球を含む八つの惑星が正三角形の位置に来るという現象だ。ホセ・アグリエレスはこの現象が一つの引き金となって意識が大きく進化し、それに伴い世界が緊張から調和へと大きく変わると予言した。
欧米ではこの期間に、意識の進化と新しい時代の到来を祝うさまざまな儀式がとりおこなわれた。そして、まさに予告されたように、1987年から1992年にかけて、ゴルバチョフによるソビエトの改革、南アフリカの人種隔離政策の放棄、ベルリンの壁の崩壊と東西ドイツ統一、東ヨーロッパの社会主義圏の崩壊、ソビエトの崩壊などの現象が相次ぎ、世界は激変したのである。はからずもハーモニック・コンバージェンスの予測は的中した格好になった)

これはつまり、コズミック・コンバージェンスに続き、精神の覚醒がかならず起こるということを示している。
コズミック・コンバージェンスは、統一した意識が風のように流れ込む最初の時期となるため、人々はすべての生きとし生けるものが実はひとつであるという神的な事実を感じ、そしてそれを共有するようになるはずである。
それは神的な実体の直接体験を伴うため、言葉を越えた経験となるはずだ。宗教改革は聖書のラテン語ではない翻訳という書き言葉をとおして行われた精神の覚醒であり、またニューエイジムーブメントはチャネラーや話し言葉を通して起こった覚醒であるので、これから起こる精神の覚醒は言葉を媒体とするのではなく、直観的な知を媒介にすることになろう。




この箇所を読んで私は唸ってしまいました。「これから起こる精神の覚醒は言葉を媒体とするのではなく、直観的な知を媒介にすることになろう」という箇所は特に感じることが多いです。すべてを鵜呑みにすることはありません。いつものようにヒントを活かすことが大切。

ヤスという方は、コルマン博士の論文を和訳して広く紹介している人物らしい。このコルマン博士という人物は「ハーモニック・コンバージェンスが2010年7月17日から2010年11月3日の期間で起こる可能性が高い」というレポートを発表しており(これを『コズミック・コンバージェンス』としている)。
ハーモニック・コンバージェンスは1987年以前にもあった…それが16世紀ルネッサンスであると論文に記しているのだという…、もしこの論文に則るならば、2012年のアセンションは意識の覚醒…新たな意識ルネッサンスと位置づけられなくもありません。

しかしながら、そこに収まりきれない事態を私たち人類は抱えているのも事実。そこに着目する必要もあるでしょう。

兵器の脅威/不安定な国際情勢/テロ/貨幣経済の混迷/天変地異/ポールシフト

映画に描かれたような地球規模の天変地異が起きる可能性だってゼロではありません。


でも、
果たして何が起きようとしているのでしょうね、2012年に向かって。


加えて、
私には「1987年から1992年にかけて、ゴルバチョフによるソビエトの改革、南アフリカの人種隔離政策の放棄、ベルリンの壁の崩壊と東西ドイツ統一、東ヨーロッパの社会主義圏の崩壊、ソビエトの崩壊などの現象が相次ぎ、世界は激変したのである」という箇所に思い当たることがあります。

・ベルリンの壁崩壊
・ゴルバチョフの失脚
・湾岸戦争
・ルーマニア、チャウセスク大統領夫妻の処刑

これらは私が見た予知夢の一例です。当時の私は「何故、私のような一般人がこういう世界的ニュースの予知夢を見る訳?」と不信に思っていました。夢はシンボリックで、ニュースが再確認の場となっていました。
そういう人が私だけじゃないことを知り、いったい何が起きているのかと気味悪くなったのを覚えています。ただ…個人的霊夢も数多く見ていた時期でもあったんですね。

でも、この記事を読んで腑に落ちました。
16世紀のルネッサンス以来の改革が起きる…世界が変わろうとしている…まさにそのことを直感で受け取っていたんですね、多くの人が。
私は素直じゃなく、自分みたいな者が何故?ということに捕われて途中で拒否してしまったんですね、受け取るのを。

これは季節が変わるのを感じるようなもので、決して不自然なことではなかったのに。本当に愚かでした。

私個人に関しては、
1995年あたりから信仰を離れ、『聖なる預言』を読んだのを契機にまさにスピリチャルへの階梯を登り始め、
1998年にはポルトガル・ポルトの小さな教会で聖母に感応して霊視が始まった…、
そういう道程を歩いてきたと言えそうです。

私も周囲も同じようにそれぞれが個々に意識ルネッサンスを経験していたんですね。この小さなひとりひとりの意識改革がだんだん広がっていき、10年の歳月を経て大きく花開こうとしているようにも思えます。




今、ネット社会には『神との対話』やバシャールの二番煎じなチャネラーがごった返しています。これは精神世界が業界に登り詰め、普及したに伴う弊害でもあると私は思っています。ワークショップのデプロマを手に『仕事』にしている人の数は尋常じゃありません。

もし…あなたが今来ている地球規模の『季節』の到来を感じているのなら、

デプロマお仕事チャネルからはいち早く身を退いた方が賢明と私は思います。
実際に使命を授かっている人など、ひと握りなんですよ。ホンモノはデプロマ稼業などしていません。様々な試練を経て何の『保証』も持たず、活動し続けているんですよ。

もうそろそろ雨上がりのキノコ集団から抜けた方が賢明です。




さて、
2010年7月17日から2010年11月3日の期間で起こる可能性が高いハーモニック・コンバージェンスに関する所感を書いて、この記事を締めくくろうと思います。

まずは天変地異に関することを、
私の感じる限りですが、映画のようにいっぺんに押し寄せてくることはないのではないかと思います。局地的ながら災害の規模も範囲も大きいという事態が起き続けると感じます。自然災害に留まらず、貨幣経済の劇的変化もそこに加わり、
それらはまるで波のように局地から局地へと押しては返すように起きるため、人々の不安も波のように広がり続けるかも知れません。

太陽活動・惑星公転サイクルで起きる配列が取り沙汰されていますが、私はその影響を否定しません。地球は単独で存在している訳ではないからです。
マヤやインカの人々は種を蒔く時期・収穫の時期、豊作か否かを知る暦を有していたと言います。夏至冬至には祭壇を設け祈りを捧げたとも。しかも大きな周期を計測し、西洋より遥かに地球と宇宙との関わりを古くから理解していた…。
そうして独特の歴・惑星観測に根ざした預言が2012年を最後に終了しているとされている訳ですよね。これはひとつのサイクルの終わりであって、それを起点にまた新たなサイクルに入る…「人類は永遠に時を忘れるであろう」という預言に繋がっている…。

それらのことを踏まえた上で、
2010年7月17日から2010年11月3日の期間に関する私の所感は、

「古きを脱ぎ捨て、新しきを着る時」

というものです。
その期間は、まるで地球ごと光のチューブにすっぽり包まれたような状態…生きとし生けるものに意識の変容をもたらすのではないかを思います。地球規模で起きるのは、こういう意識変革なのかも知れないと私は感じます。
これまでも私たちは地球卒業の準備し続けていたのでしょうし、これからも自分が何者であるかを確かめるべく歩み続けるのだと思います。魂は常に成長の階梯のいるのですから。

来年起きるとされているハーモニック・コンバージェンスは、その集大成的時間枠なのかも知れません。やはり卒業という言葉が脳裏を過ります。

世界は相変わらずでしょう。この変容は世界情勢を構築する集合意識から『抜ける』弾みになるのかも知れないですね。

1987年当時のムーブメントはチャネラーや言葉を介しての変容であるのなら、
これから起きようとしているのは、

それらを介入することのない、個々の直感を媒介とする変容…!

これに尽きるのだと思います。腑に落ちることばかりです…。何だか肩の荷が下りたような心地がします。

私たちは此処に望んでやって来たことを忘れてはなりませんよね。決意してやって来た理由はそれぞれなのだと思います。それでも、

自己責任…それは重たい一辺倒のことではなくて、

体験したいことがあった、
果たしたい何かがあった、
出逢いたい人がいた、

それらを経て、私たちは
本来の自分を取り戻す『目覚める』時を迎えることを意図したとしたら…!

そして同時に、
それを選択しない人たちがいることを私たちは目撃するのだとしたら…!

すべては深いレベルでの『選択』
どれが正しくて正しくないとかいう問題ではなく、

ただ…何を選択したかを私たちは直感し、体験するのだとしたら…!

とうとう…ここまで歩んできたんですね。長いこと見失ってばかりいました。例え霊視ができようと、チャネルできようと、私は全然自分に納得いきませんでした。何か…をずっと待っていたように思います。

それは、
人に視てもらうのではなく『直感』に導かれる生き方

人間関係の中に魂の意図を見出す眼

内面が輝いているから美しいという生き方

そして、魂の伴侶へと続く道

ひょっとしたら、これからが正念場なのかも知れませんね。




何だかとりとめのない文章になってしまいました…。申し訳なく思います。
地道に一日一日を大切に暮らして、その先に何が待とうとも、自分の直感を信じていようと私は思います。





アセンション考(3)

Category : アセンション
今日は宇宙からの転生者を軸にアセンション考を進めていこうと思います。しつこいようですが、あくまでも私個人の所感。参考程度に読み進めていって下さいね。



[宇宙からの転生者]

宇宙からの転生者ということで私がいの一番に思い出すのが、合衆国大統領バラク・オバマ。この人から伝わってくるのは、映画『スターウォーズ』で描かれている連合軍のような組織があって…何らかの使命を帯びて地球人を「やっている」というもの。SFど真ん中ですねえ(笑)。
でも、どうしてなんでしょうね?皆さん、地球が気になって気になってしょうがないようで。そういう私も好き好んで人間しにやってきてるのですから、人のことは言えませんね。皆さんも同様ですよお(笑)。

金星からはオムネクという女性ですか?ウォークインした…既存の人間の肉体に入り(その肉体から魂が抜ける刹那に入れ替わるというもののようです。これもいわゆる魂の契約なんでしょうか)人として生きながら使命を果たさんとする存在。

信じて良いものやら悪いものやら。まさに私たちの直感が試されます。

今…宇宙らかの転生者の存在があちこちで取り沙汰されています。それはチャネリングの普及が大きく影響しているように思いますが、中には小さい子供が不思議な話をし出してというケースをあるようです。

浅川 嘉富さんの著書『2012年アセンション 最後の事実』の299ページには土星からやってきた子供の記載があります。
その子に留まらず、地球人として生活を送る決意をした存在には何らかの因果があって、その宿題を果たそうという意図が見受けられます。

この時期に子供でいるということは…、

・一般常識とかいう先入観が入り込み、それに影響されてしまう危険性の回避

・純粋に霊眼が開けている状態の必要性

・転生以前の記憶を有する必要性がある

などなど、あるんでしょうね…。でも、この時期に子供ばかりというのもどうなんでしょう。成人として指導的立場で政治経済に取り組む役割もいて然るべきかと。ただし、政治に関しては余りにも利害が絡み過ぎていて軌道修正しようにも何処から手をつけて良いものやらという。ひとつ解決しようとするとあちこちからクレームが来るという、まさにカオスな状況下にオバマはあるという気がします。
キレイごとでは済まされない。ダーティな作業や決断を迫られると思います。映画『シンドラーのリスト』がその辺のことをよく表していたと思います。資産を賄賂に使って道を開くという。

使命は使命として、
それが成就するかどうかをひとりの肩に背負わせるのは酷。ブレーンも同じ志を持つとしても、彼らを囲む勢力地図を思うと…本当に過酷と思います。

キリストもそうでした。

彼は産みの苦しみの象徴のように私には見える。自己犠牲という、私のような凡人は「ヤダ」とか「なんで私が?」とか断りそうな人生を敢えて引き受けたのですものね。それには何かしら理由があるのでしょうし、キリストでさえ、その全体像は見えてなかったのかも知れません。
と言うのは、十字架上のキリストは天の奇跡を待っていた形跡があるからです。それが「なぜ私をお見捨てになるのですか?」という言葉に集約されている…。
あるいは転生後の記憶に浮上しなかったのかも知れません。
いずれにしても天の計らいは深淵。凡夫たる私などには伺い知れないものがあるようです。

人生には前もって知らない方が良いことがあります。全て知っていると学びにはならない。

バラク・オバマに関しては諸説あって、歴代大統領と変わりなく闇勢力の手先というものもあります。
これは私が視る限りに留まります。

いずれにしても、どういう立場にいても、宇宙船地球号はただひとつ。

カオスを形成する地球を体験する。それを同意したのは私たちも同じということだけは確かなようです。




[日常に存在する異次元]

何処から転生してきたにしても、今この時期ってそんなに特別なのでしょうか?

アセンションが取り沙汰されて久しいですが、誰が言い出したことなんですか?フォトンベルトも同様に。

私はアカシックレコード・リーダー、ゲイリー・ボーネル氏からでした。でも真相はどうなんでしょう。彼の預言は当たるも八卦当たらぬも八卦の域を出ません。だからと言って、アセンション云々まで「怪しい」ということではなさそう。

たくさんの人が何かしらの予感を持っていて、それが何なのかを知りたいという欲求を抱えていて、辿り着いたのがアセンション情報。それにリンクしているのが精神世界。常にふたつは伴走して切っても切り離せないということなのでしょう。

マヤ預言やネイティブの伝承もここに加わり、ポールシフトや終末説も飛び交っています。何らかの劇的な天変地異が起きる…これも私たちが共有する予感ではないかと思います。

そして、私はパラレルアースも垣間みている、私だけではないと思うのだけど…。

これが何を物語っているかは日を追って明らかになるのを待つしかないのでしょうか。

でも、日常に異次元を感じざるを得ない体験をしている人が現実にいる。
失ったものがある日、目の前に忽然と現われるとか、訪れた館が翌日にはなかったとか、不思議な出来事を体験している人がいる。

これらは、
その人たち自身が既に移行期にあるということを物語っていると私は思っていて、その人たちはまさに多次元の中に身を置いているのだと感じざるを得ない。

此処にいながら、此処ではない次元を体感している。

これは、情報は情報として、
私たちは自分自身の意識変化…、意識という目に見えないツールを通して何らかの変化を体験し始めているのは確か。疑いようがありません。意識変化が現実に及ぼす影響を自ら体験している人がジリッジリッと増えているようです。



考えてみれば、釈迦の覚醒『悟り』は意識の変容でした。キリストも然り。
チャクラがどうの、クンダリニーがどうのと、何かと修行に駆り立てられたのがこれまででした。でも、末恐ろしいことに(笑)そういう修行で散財している場合ではなさそうな時期に私たちは突入したようです。

現実主義者が相手にしようともしない『意識』こそが鍵を握っている。まさに現実って物質だけじゃないことがこれから増々実証されていくと思います。
全ては事象。
事象を生み、それを通して体験を積む、魂は何処かの惑星であろうと天界であろうと、魂というエネルギーは『体験したい!』『実現したい!』何らかの意思の働きが最初にあって、私たちは存在するもののようですから。

そうして今の世界情勢を見ていると、人類の集合意識は幾つかに細分化しているのか、それらが何処に向かおうとしているかが朧げにではありますが、見えてきます。

そして、

私は自分はどうなのかをふと感じるのです。

私が一番身近に感じる魂は、地球人を卒業しようと魂。この混沌に乗じて、この混沌に紛らわされることなく、魂の帰還と上昇を果たそうとする魂。

魂は知っているのだと思います。今こそ大きな『窓』が開かれているということを。



確かに今は特別な時期と言えそうです。





マヤ預言2012年12月22日の解釈

Category : アセンション

今日はグッと核心に迫るべく所感を書こうと思います。

非公開の方で「アセンション考」を書き始めました。それは「家族のアセンション」を書いて私なりに感じることがあったためなのですが、ひとつの記事では収まりそうもないので連載しようと考えています。

非公開ブログは新たに閲覧希望者を募る予定はありません。もったいぶっている訳ではなく、ここ以外にもアセンションに関する情報はネットに溢れています。
私はチャネル情報を発信している訳ではありません。私は天使の代弁者でも神の神託者でも宇宙連合のコンタクティでもありません。自分の考えを自分の言葉として公開しているに過ぎません。
なのでアセンションに関するコンタクティ的情報を期待している方は期待外れと思います。

加えて、私は使命感を持って発信している訳でもありません。あるいは自分はアセンションを既に果たしていると公言するつもりもありません。ましてや預言は…他をあたってくれと言うしかない、データーを検証する立場でもありません。

自身の直感するところを書いていくスタンス。

これから書く「マヤ預言2012年12月22日の解釈」も私のいち所感に過ぎません。なので、皆さんには「信じ込み過ぎず、疑い過ぎず」のスタンスで読んで頂ければと思います。

いつも以上に長くなりそうです。時間のある時にでも目を通して下さいね。あるいは眠気を誘うにはもってこいかも知れません(笑)。









マヤ歴は2012年12月22日ですか?いずれにしても2012年12月以降の記載はないというのが定説です。終末論が飛び交うのも無理からぬことです。でも…果たしてどうなんでしょうね。

私の記憶では「人類は永遠に時を忘れるであろう」ですか…?そのような主旨のことがマヤ預言には記されていると何かで読んだことがあります。マヤ歴はグレゴリオ歴より正確という研究データもあるのだとか。

私はこの「人類は永遠に時を忘れるであろう」に着目しているのですが、これ…イコール終末論は余りにも安易な気がするんですね。

これは次元という観点から眺める必要のある事柄なのだと思います。

つまり、
一次元は点…二次元は線…三次元は立体…四次元は空間を超越した次元、それ以降も次元は存在するとされています。
私たちにとって、三次元までは可視なこともあって理解の範疇、既知の領域な訳です。でも、四次元は…霊界もそこに位置するとされているとなると、四次元以降は不可視の領域となる訳ですよ。見えない世界、なので色んな霊能者が闊歩する事態になるのでしょうね。

預言は…これは実に微妙で、いったいどの次元からもたらされているの?ってことになりはしませんか?アカシックレコードも四次元以上の領域と聞いたことがあります。預言って占いと同じで当たるも八卦当たらぬも八卦なところがあります。

でも…何故なんでしょうね。アカシックレコードに書いてある「絶対に起きる!」と明言されたことが外れてしまうのは。絶対起きる!と言った同じ人が後日「人類の集合意識は変化しやすい」とか、「2001年なのか、2011年なのか…地球の具体的な日時は計りかねる」とか(これ言い訳に過ぎません)。ならば「絶対!という言葉は使うなよ」と言いたくなります、少なくとも私は。なので私は目が覚めました。予言者の肩書きには当たったことしか記載されない。預言が外れると2チャンネルで祭りになる訳ですよね。

でも…預言が外れたと非難する側にも問題があると私は思う。人頼みも「自分では分からない」という理由な訳ですよね。神頼みも他力本願。これって甘えじゃないんでしょうか?
まあ私たちの大半は生前の記憶がありません。親を選んだこともスッカリ忘れて「こんな家に生まれたくなかった」なんて(笑)それは無知が言わせる台詞。親も親ですべては忘却の彼方。

一事が万事、こういう理屈ではないでしょうか?

昨年の10月14日に宇宙人が公式に現われるというニュースがネットに流れました。結果的に何も起こらなかった…なので、非難の矛先がコンタクティたちに集中したようです。でも、直感を研ぎすませていれば、大々的な出現はないと感じられたはず。コンタクティ側にもその情報に乗った方にも問題があった、コンタクティだけを魔女裁判よろしく断罪するのはおかしな話でした。
今年も、世界政府が樹立するというチャネルが発信されたようです。冷静になって欲しいなあと私は言うに留まりますが、ETが公に私たちの前に登場して世界的なニュースになったとして…、オバマがETを認める正式発言をしたとして、いったい世界がどのようにチェンジするというのでしょう。

それこそが依存ではないでしょうか?これはまさに祭り。

宇宙人のテクノロジーや超次元への憧憬は禁じ得ないとして。これこそ「疑い過ぎず、信じ込み過ぎず」が試される時じゃないんでしょうか。

宇宙存在を否定している訳じゃないんですよ、私。もう既に彼らはインビジブルに活動しています。UFOを目撃するって何らかの意図があって、彼らがGOサインを出した時なのだと思いますが、それがどうした!と私は思うんですよ。

これは現象、終末論もそうですが、噂は瞬く間に広がり集団意識という巨大なエネルギーになる。それはアメーバーのように変化しやすく気まぐれな性質のもの。都市伝説とあまり変わりはないと私は思っています。

実体のない現象…違います?
事実、実体のないチャネル情報にふりまわされている間に、終末論も根強くあるようですが、マヤ歴が2012年12月のとある日時で終えている…それが即!この世の終わりという騒ぎになる…これぞ!祭りと言わずして、何をか言わんやです。

皆さん、冷静になりましょう。

2012年12月22日は、1999年のノストラダムスよろしく何ごともなく過ぎて行くと思いますよ。世界情勢は確かに危機的状況にはあります。誰を信じて良いのか、何を信じて良いのか分からぬほどです。

でも、何がそんなに不安なんでしょうね。

私たちには『直感』というギフトがあるというのに…!自信がない?それは何故なのでしょうね。

どうして不安なんでしょう…その原因の何処かに、

親のせい・会社のせい・上司のせい・夫のせい・妻のせい・姑のせい・嫁のせい・子供のせい・社会のせい・政治のせい、挙げればキリなくありませんか?
私たちは常に何かが原因で人生が上手く回らないと思っています。確かにそう思えるフシは多々あります。

発想の転換でどのようにもチェンジ!出来たのに、どうしてでしょうね。スゴ~くその機会を逸してきたような気がしてなりません、私。
肝心な時って何かしら高いハードルがあって、そのハードルを大上段にかざす相手も、こちらを牛耳るために一歩も退かないとか…色々あったように思います。

今も言論の自由がない国は存在します。インフルエンザ兵器説も飛び交っています。でも何故こういう場所に転生したのでしょうね、私たち。
魂の意図は現象だけ見ていても伺い知れないですねえ…。シェークスピアの「ホレーショー、天と地の間にはオマエの知らないことがある」ですか?そのセリフが思い出されます。魂は過酷な地で克服すべき何かを見出せば、敢えてそこに飛び込むもののようですし…。

今日は「…」が多いですね(笑)。

確かに過酷です、地球の人社会は。「ふざけるな!」というモンスターたちも元気に活躍しています。

人生って本当にままならない…って、萎れてしまいそうなことも多々あります。

でも、私がアップアップしていた間に人生を謳歌していた人もいる訳ですよ。ターシャ・チューダもその一人でしょうね。

自分の直感に沿った生き方を彼女は私たちに見せてくれたように思います。どんなに困難があったとしても何らかの導きがあったのではないでしょうか。愛に満ち、生き甲斐に満ちた生活は本人次第なんですよね。



何だか脱線したおしてますね(笑)本流に話を戻しましょう。



マヤ預言…を正しく理解している人は終末論にはふりまわされないと私は思います。

人類は永遠に時を忘れるであろうという記述が本当にあるとしたら、

それは時空を超える境地へと人類が覚醒する、

全部じゃないとしても、

三次元の枠組みから「脱出する」意識エネルギーのピーク、臨界点が2012年12月じゃないのだろうかと私は視ています。

三次元の枠組みから出る、

それは、
立体のその後を形成する次元ということになります。立体という物理要素を超越した、まさに『超』物理という領域への移行を意味するとなれば、

インビジブル(不可視)な現象も起きてくる可能性も。マヤ族は忽然と消えた人々とされていますよね…はてさて。



時を忘れるという表現は、時空を超える…三次元の枠組みから脱するという意味と私は解釈しています。しかしながら、これはあくまでも私個人の見解に過ぎません。

物理学も異次元を発見し始めているようです。リサ・ランドルという科学者がそれを発見したという番組をNHKで観ました。

物理学が今まさに、長きに渡る神秘家たちの霊視領域に辿り着いたという事実は、バチカンが地動説を唱えたガリレオに正式に謝罪したニュースとともに感慨深いものがあります。まったく接点のない事例なのですが、歩み寄っているようにも感じられます、科学とスピリチャルが。



ということで、

2012年12月22日を過ぎても世界が終わることはなく。まさにノストラダムスの二の舞と私は思います。
第一、ノストラダムスの預言を正しく解釈していたかどうかも怪しくないですか?解釈はあくまでも解釈。事実と同一ではないということです。

ただし世界情勢は緊迫し続けています。

人類は核を兵器として使用した時点で、人類は二手に分かれたようにも感じます。

コントロールか、

自由意志か、

何処かの国の指導者の指令で地球ごと木っ端微塵にしてしまう威力の兵器が使われる可能性がない訳ではないでしょう。

そういう時勢に、
自分を浄化する4つの言葉、生き甲斐の創造、引き寄せの法が世に出回ったのは幸いでした。想念が現実化する、現実は私たち自身の想念が創り出しているという、これまでの宗教とは別個の精神文化が登場したのは良い兆しかと思います。

確かに一昨年より昨年、昨年より今年と、エネルギーは変化していると感じざるを得ません。それを何気に感じているから、それは何だろうと精神世界の本を手に取ったり、ネットサーフィンしているのだと思うんですね。

情報を鵜呑みにして痛い目にあっても、まだ信じたい!気持ちに突き動かされている人は世界中にいると思います。

ETコンタクティの中にはホンモノもいます。そういう人はチャネル情報などではなく、ダイレクトに遭遇したりなどして多くの苦難を経ていると思いますよ。何か感じるとか、自動手記とか、そういう神秘に魅了されていると妙なものを引き寄せてしまう危険性があります。

また自分のキャッチしている存在こそ真の神、真の神託というのも危ない。

魂浄化と数万単位のお金を提示するのも怪しい。例え浄化パワーを有しているとして、それこそが他力本願でしょ?
人に浄化してもらうって、課題を人にやってもらうのと同じでしょ?自分で蒔いた種を刈り取るのは自分だけと心得た方が良いです。こういうことって地道な作業しかないんですよ。魂浄化して差し上げよう、ですか?ましてや有料とは…言語道断!ではないでしょうか?



今、来ているエネルギーはそんなものではありません!



そういう「セッション主義」を凌駕しています。



ご自分の直感こそを磨いて行って頂きたい。
私たちは無力と信じ込まされていただけです。最初は不安かも知れません。それでも、自分を信じてみよう!というところに心を揃えると見えてくるものってあるんですよ。

答えを人から与えられても、魂の浄化をやってもらっても、それらは全て借りものでしかないということを、私は皆さんに気づいてもらいたいと思っています。これからもずっと。



ましてやマヤ歴を正しく理解している人は終末論などで人心を操らないと思います。



もう情報に操られるのは辞めにしませんか?
第一、此処に来る最終決定をしたのは他でもない、

あなた!

私!

なんですから。占いや預言の解釈者の言うことを鵜呑みにしたり、当たったあ!とか外れたゾ!とか反応するような、人任せなご苦労人生には早々とケジメをつけた方が良いと思います、私。





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(2016年12月27日記)

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