善行の笊(ざる)

Category : 辛口ごめんなさい
昨日に引き続き、辛口となります。

皆さんの中にはヒーリングを生業にしている方もいるでしょう。お金を受け取るということはプロということに他なりません。私はカメラマンとして活動していますが、決してアマチュアではありません。

takakoさんは何を言いたいのか・・・?(笑)

カメラマンは技術を提供する職業です。雑誌社や企業の要求に応えるのが仕事、そこにギャランティが発生する訳です。お金を受け取るということ=プロなんですよ。アマチュアとプロの技術的差はほとんどと言って良いほど、ありません…!ないんです。上手い下手で言えば、ですよ。

ヒーリングも同じ。
デプロマを得て看板を掲げた時点でプロということになります。クライアントにとってもそれは信用するバロメーターになる訳で。プラスしっかり結果を出してくれるとなれば、口コミで顧客が広がっていくことにもなるでしょう。

でも…いつからヒーラーって『プロ』が存在するようになったのでしょう。

ヒーラーもチャネラーも人の役に立てることに誇りを感じているようです。でも何故、お金がやり取りされるのが当然なのでしょうか?
人の役に立てれば何よりと言いながら、しっかり金額を設定し、実入りをあてにする…って。

誰もそこに疑問を持たない…不思議。

中には天使ヒーリングと言って、天使とクライアントを繋ぐというのでしょうか…そこを商売にしている人までいます。

誰もそこに疑問を持たない…不思議。

私は何人ものヒーラーやチャネラー、サイキックに会っていますが、お金というエネルギーを「有り難く」受け取っている人の9割…いえ、それ以上は善行のザル状態というのが私の感想です。

人さまを癒しても家庭が崩壊しているのは何故なのでしょう。人さまを癒しながら、幼子を見捨てた人もいます。一緒にいると恐ろしことが起こるので施設にいれた…それが理由でした。色々事情はあるのでしょう。でも大切なものを見失っているようでなりません。しかし、肝心なことに彼ら彼女らは耳を傾けようとしません。施術中に呼吸困難になったクライアントを人任せで救急車に乗せた人までいます。

無責任。

まさにと私はため息を禁じ得ません。

どんなに人さまを癒して感謝されても、どんなに評判のヒーラーでも、私生活とのバランスが保ててないのは…彼女や彼自身が顧みなければならないことが山ほどあるということではないでしょうか?しかも金銭的に潤えば潤うほど、そういう歪みが生じてしまうという…。

人ごとではないんですよ。私だって、その素養がないとは言えないのですよ。

彼らは皆、私にとって反面教師でした。もし彼らを見ていなければ、私も傲慢になっていたかも知れないのです。チャネルや癒しということで、使命とやらに胡座をかいていたかも知れないのです。

彼女たちは家族の支えあってこそなんですよ。シングルマザーで頑張っている…それだって息子さんやお嬢さんあってのことなんですよ。

プロのヒーラーであることと、いち人間であることは『同じ』=なんです。

癒しに胡座をかいては、いけません。

どんなに人から感謝をされようと、そのそばから善行の水が手のひらの隙間からこぼれ落ちている。本当に考えさせられます。

私たちは幸いです。

プライベートの中に、私たち自身に、フォーカスできるのですから。

癒し=豊かな生活は、職業としては成立しています、人社会は貨幣経済ですからね。そのシステムの中で自分を活かそうとするのは自由。それこそ自由意志な訳です。

人助けはやがては自分に返って来ると言います。

その逆も真なり…で。運命共同体を疎かにすると、やがては自分に返ってくる…。魂はバランスを取ろうとします。本人が自覚しようとしまいと。私たちが自覚できることなんて多寡が知れてるんですよ。



私は今、色んなことを振り返っています。

思い返す度に、癒しに携わる=職業とすることの難しさを思い知らされます。そして、私は皆さんにこう言える気がするのですよ。

癒しを職業としようとしまいと、そんなこと関係ない…と。

大切なのはどんな職業に就いていようと、あるいは専業主婦であろうと、日々の暮らしの中に気づきも癒しもあるに越したことはないと。

すべてのヒーラーが胡座をかいている訳ではないでしょう。

でも、お金というエネルギーって不思議です。手にするほどに心に『魔』が忍び寄る。それも本人が気づかないうちに。癒しでそのエネルギーを頂きながら、バランスを保てている人って希有です。まったくいないという訳ではないんですけど。

お金というエネルギーは人が作ったもの。人社会で食べていくには、やはりそれなりにあるに越したことはないでしょう。でも、神の領域には存在しません。

歌の文句にもありますね。

お金って幸せを約束してくれる気分にさせてくれるだけやで…でしたっけ?


癒しは神の領域の技。

そろそろ目を覚ました方が良さそうです。え?キレイごとじゃなく、生活しなければならない?これまで癒しで食べてきたのですか? それなら、これまで食べてこれた、ことに感謝ですね。



善行って表面的なことでは計れないのだと思います。豊かさも同じかと。



スピリチャルとお金というエネルギー

Category : 辛口ごめんなさい
これから書こうと思うことはいつものように私個人の意見にしか過ぎません。そのことを念頭に置いて読んで頂ければ幸いです。


以前一度トライした公開リーディング(無料)に多くの方が関心を寄せてくれました。同時進行で数は少ないものの対面セッション(有料)を希望される方もいて…どちらにも分け隔てなく全力投球した私ですが、ずっと心にひっかかるものがありました。

それはお金というエネルギー。どう関わるのかはずっと私にとってもテーマではあったんです。

リーディングを始めたばかりの頃「takakoさん、お金はエネルギーなの。受け取ってもらった方がこちらも聞きやすいんだけど」とお叱りというのでしょうか…アドバイスを受けたこともあって、私はお金というエネルギーは素直に受け取るべきと考えるようになっていました。
確かにそれも一理あります。レイキなどは無料ではやらないようにというお達しさえある、それは『代価』という発想なのでしょうか…。レイキ以外にも様々なヒーリングメッソドが犇めきあっている昨今。料金を設定するのは当然のような風潮さえあります。私も一度はそこにいた訳です。言い訳はできません。

古今東西、人がいるところ癒しありという観さえあります。

でも私はふとこう思ったんですね。アセンション・アセンションと世間も私も(笑)騒がしく。五次元に移行すると言われて久しいですよね。

でも。

五次元ってお金というエネルギーは必要のない世界なんですよ。

多くのヒーラーやチャネラーはそのことを薄々気づきながら、セッセと精神世界をメシの種にしている。こういう現象ってどうなのでしょう。
最前線にいるはずの彼ら彼女らは率先して、お金というエネルギーの呪縛から解き放たれるべきではないかと。実際「今はお金が必要」と宣った人物が多々いました。自分はチャネルで成功したいという人もいて…。ここ数年、何か腑に落ちないことが相次いでいました。

私も個人セッション(対面)ではセッション料を受け取っていました。でも、人の振り見て腑に落ちるとか落ちないとか言ってる場合じゃなかった訳です。

私はどうなの?

肝心なのはそういうですよね、人ではなく自分は!どうするべきかということ。

それで、昨年の約束まではセッション料を受け取る形で、私は以降は頂かない方向で行こうと決めたんですね。ところが面白いように人がピタッと来なくなりました。対面セッションはもう気持ち的にも予定していません。

決心次第なんですねえ。まずは自分から!なんだと痛感しました。

私は数年前から不思議にお金に困らなくなりました。ガッポガッポ儲かっている訳ではないんですよ(笑)。何かと人が金銭的に助けてくれるようになり、私はその方たちのサポートを一生懸命する(通訳・渡航手配等々)という具合に気がつけば、エネルギーが回るようになっていたのです。有り難いことだと思います。
何故なら私はずっとこの貨幣経済にそぐわない…不慣れなままの自分にコンプレックスさえ感じていました。人はトラウマだろうと言うんですね。それも一理あり。ですが、自分の心に耳を傾けてみると『お金がすべてではない。それよりもっと大切なものがある』の一点張り(笑)。

こういう感覚を人に説明しても理解は得られませんでした。金銭的に成功している知人を羨ましいと思うものの、自分の心地良さは少しそれとは離れているなと。そりゃあ、あるに越したことはありません。

でも『お金よりもっと大切なものがある』という内なる声に「でもね、ここは貨幣経済なの!」と言い返さなくなってからなんですよ、色々回り始めたのは。過不足ない収入が私が欲する先に連れて行ってくれるようにもなりました。贅沢は出来ませんけどね、お陰でニューヨークに(笑)。長年の夢でもある「一生に一度だけビジネスクラスで渡航したいものだ」という(ファーストクラスと思わないのが可笑しいでしょ?)希望も実現しそうにありません。でも、それで良いのだと思います。

目に視えない世界のサポートを受けて、生活費を得る・儲ける…実はもう、そのようなエネルギーの時ではなくなっています。

あなたが癒しと関わっていて、ワークショップのデプロマを看板にしているとします。あるいは受講料を受け取って何かを指導しているとします。そういう方に私はお聞きしたいと思います。

宇宙存在・天使はお金という代価がなければ何もしてくれませんか?

お金という代価は人間の都合ではないでしょうか?

あなたは人の役に立ちたいということと、日銭を稼ぐということをごちゃ混ぜにしていませんか?

本当にそれは受け取って『当然』のことですか?

貨幣経済が何故、今、崩壊しようとしているとお思いですか?

今年に入ってアセンションする人とそうでない人の線引きが終わったとされています。私もそのようなメッセージを受け取っています。

癒しの現場にいながら魂がクリアになっていない人が多過ぎです。

人の役に立つことと稼ぐことには隔たりがあるんですよ。

癒しをビジネスにする=皮算用です。言い訳は上の世界では通用しません。

私はずっと前「もう来日の予定はない。これが最後のチャンス」というDMを受けて、ある海外のチャネラーの個人セッションを受けたことがあります。最後のチャンスということでセッション料も破格でした。ところが本人は「来年も来る契約を**としているよ」と「何故**はそういうことを言ったんだろう」と。皆さん、私がどういう気持ちになったか想像つきます?これって騙しのテクニックですよ、違います? スッカリ目が覚めましたけど。

要するにビジネス。良心を何処かに置き忘れてきたのかも知れません。アセンションの最前線にいながら…とても残念なことと思います。

皮算用は事実、いけません。魂を汚してしまいます。



私たちが今いるフィールドは、元いた魂の故郷へと続く階梯。つまり双方に呼応(呼び合う)する波動へとシフトし続けるという、究極の可能性の『場』に居合わせているのです。

豊かさは金銭では買えない。

私がチベットモリオンやアイスクリスタルを仕入れ値で提供しようと思い立ったのも…僭越ではありますが、誰かがやり始めるのをこの目で見なければ始めないといういう次元を越えて、自分に出来ることから始めようということとご理解下さい。

私は金銭では買えない豊かさや安らかさに自分を住まわせようしています。そこに揺るぎはありません。



受け取った分を今は還元する時。

知った以上は実行あるのみです。


地球が静止する日

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今日やっとDVD借りて観ました。キアヌ・リーブスの美しさに見とれつつ(笑)不思議な存在感がある俳優ですね。無国籍な容姿もそうですが、マトリックスのネオも人類のキーを握る人物でした。

さっき見終わったところです。ヒロインの「私たちは変われる!」と「人類は追いつめられた時こそチェンジ出来る」という台詞についオバマの「We can change !」がオーバーラップ。キアヌ演じる使者のように突然現われると攻撃やら尋問やら隔離やらされてしまいますが、赤ちゃんから始めれば…なのでしょうね。宇宙も考えてます。人間は部外者に対して排他的ですから。

使者の「地球を救いに来た」という言葉は胸に沁みました。世界には飢餓があるというのに、日本では何万トンというおにぎりが廃棄されていると言います。チャネル情報とかで『日本人がアセンションを引っ張っていく』と公言している人が後を絶ちません。

日本人とかアメリカ人とか…そういう視野の狭さかた一日も早く『脱皮』してもらいたいなあと思うんですけど。こういう『選ばれし民族』ってどっかで聞いたことがあったような…。私たちは何人であろうと、元々は地上の何処にも所属していないですけど。生まれ落ちた所がどうの民族がどうのと士気を高めようとする気持ちは察して余りありますが「そろそろやめにしません?」

肌の色・宗教・民族・国籍。

それを越えたところに真の平和があるんですよ。お互い違いがある…その違いを尊重する品性の上に調和って築ける性質のものです。チャネル情報は100%正しいものはひとつもないと思って頂いて構わないと思います。

え? takakoさん、それは言い過ぎ…? ですか?

本当にそうですか? 人を通す限り100%クリアなチャネリングは不可能です。アカシックレコードを読むという人の予言の不確かさを私は思い知らされています。本当に罪作りと私は思います。予言に踊らされて大切な友人の信頼を失った人は後を絶ちません。信奉者も後を絶ちません。

私はその喧噪を離れました。

今はとても解放された心地を味わっています。人は人を変えることは出来ません。一人一人気づく以外にないのだと思います。

そして、もう矢は放たれました。

地球が静止する日は映画、フィクションです。でも、あの描写には決して作りごとだからと一笑に伏すことが出来ない何かを含んでいます。

人間は末期にならなければ、自分を改めようとはしません。手遅れになって「もっと早く言ってくれれば」と訴える…。

人間に一番必要なのは
「自分たちは自己中心的なところがあり」
「自分たちの都合の良いように何もかもを作り替え」
「共存とするということを学べませんでした」と宣言することかも知れません。

地球をここまで汚してしまい、絶滅種を増やしてしまい
「申し訳ありませんでした」と心から謝罪することかも知れません。

だからこそ「チャンスを下さい」と本気で訴える必要があるのだと、この映画を観て感じました。

ヒロインも自己犠牲の精神が育っていました。キアヌ演じる宇宙存在はその心に触れて、人類を救う方向に歩んで行きました。これはスゴいヒントだと思います。


アセンションの風潮はアセンションしたい…助かりたいなら**をという情報や使命ある日本人とかいうチャネル。あやふやな予言や光の戦士。真実を知りたいという多くの人々の欲求は果たして満たされる日が来るのでしょうか。

アセンションは。

集合意識に踊らされることなく、一人一人の自覚が促されると私は感じています。宇宙存在のチャネルも盛ん。ですが、いまひとつ何かが足りてない気がしてなりません。本当のところを知るには自らが動くしかないのでしょうか。私が銀河宇宙連合司令官サナンダですとか何とか口走り始めたら、どうします?皆さん(笑)止めて下さいよ。

私はサニワ契約はしていませんから、自動手記も乗り移りもありません。嫌なものはイヤなので。



それはそれとして。

『地球が静止する日』は私的にタイムリーでした。

宮崎駿の『風の谷のナウシカ』で、ナウシカがオームの赤ちゃんを救おうとして「ヒドいよね、あんまりだよね。もう許してなんて言えないよね」と泣く場面がありました。この場面をふと思い出して、私は此所にいる最後の瞬間まで恥を知る人でいたい。そう改めて思いました。

精神世界の幻想者たち

Category : 辛口ごめんなさい
*ごめんなさいを言えない人

幼児に混じってアニメを観ていた女子がど真ん中に陣取って、小さい子を威嚇していました。その子が心理療法を受けていることは周知の事実。なので、周囲のママさんたちにも「仕方ないわねえ」という空気が。私はおせっかいですからね(笑)「他の子にも観せてあげれば?」とサジェスチョンしたんですけど、逆ギレ。
ほどなくアニメが終わりました。すると、その女子が私の所に来て、自分にはカクカクシカジカの理由があってと屁理屈を並べること並べること。

母親は熱心は新興宗教の信者なんですけど、こういうのを善行のザル現象と言います。


*見下す人

少し精神世界を聞きかじり、チャネリングなど受け始めると「**さんが言うには私はいち早くアセンションするんだって。え、**さん?ああ、あの方は難しいんじゃないかしら」

こういうタイプをプチ自慢お山の大将と呼びます。

*チャネリング・フリーク

チャネラーのハシゴをして、Aさんからは「自分は**と言われた」と、Bさんからは「**の使命があると言われた」とブログで切々公開する人。

精神世界通だが、自分の心の声が遠いタイプ。


私は前回、学ぶつもりのない人々の話をしました。学級崩壊はその顕われだと。でも、また違った意味で目が覚めない人々っているものです。精神世界に感心が深い人々の中にも『無明』は横たわっているのでしょう。

修行をしているとか、チャネリングを受けているとか、チャネリングを習得しているとか、自分は**の生まれ変わりとか、それがどうした?と私は思ってしまいます。

何やらエゴが漂ってきませんか?アイデンティティは確かに魂の基本です。でも、何だかハリボテのような気がしてならない私です。


また、情報収集やチャネラー巡りに明け暮れ、アセンションを目指している人々もいます。でも、彼らはチャネラーのマリオネットに過ぎない気がしてなりません。

誰が何を言ってくれようと最後は自分で決めねばならないのですよ。あの人はこう言っている、この人はこう言ってると。いつになったら情報ではなく自分の心を自分の言葉で語るのでしょう。

自分を戦国武将の生まれ変わりと信じ込み、チャネラー通いをしている人までいると言います。戦国武将の生まれ変わりならチャネラー巡りなどせず、己の道は自分で切り開いていくと私は思いますよ。戦国時代に、武将という人生を選択する魂はそんな柔じゃありませんって!

ジャンヌ・ダルクの分霊とか大本はミカエルとか主張する人と、これは同じ現象です。霊界には有名人ファンクラブのような空間があって、そこに棲む魂がた~くさんいるようです。ファンなので色々情報通な訳ですよ。なので、自分にはジャンヌの記憶があるとか思い込んで突っ走ってしまう…。

分霊という転生はものすごくエネルギーが必要なんですよ。このような重要な時期にこんな大勢の分霊が押し寄せる訳がありません。そういう人に限ってフワフワとスピリチャルごっこの臭いがします。
壊滅的に、これは成りきり現象と言わざるを得ません。ホンモノは「私は**」などと口走りませんよ。

自称は慎まねばならない魂の品性を問われる行為です。



この人社会では何をどう主張しようと自由。確かにそうです。本人が心地良いのなら、それで良いのかも知れません。でも…。

この夢見る夢子ちゃんの多さはいったい何を物語っているのでしょう。

成りきりは既に社会現象。この世はまるで自称幻想の縁日のようだと私は思うことがあります。



末世になると、こういう現象が見受けられるようになります。何も学級崩壊だけが顕われではありません。


今は内省の時期です。チャネルに依存して良い時期はとっくに過ぎました。

私たちは私たち自身の内なる声に耳を傾け、出来得るベストを尽くすべきと私は思います。自分がここに何をしに来たかとか、自分は何者かとかは、そういう積み重ねの中でふと気づく時が来る…。

私たちが一番知りたい答えは外にはありません。あるのはヒントに過ぎません。私のブログも同様です。
皮肉なことですが、答えを知りたがってばかりいると迷路にハマります。チャネル情報で自分を測っていると「ああらしいよ」「こうらしいよ」で終止することになる、違います?

真実は童話『青い鳥』と同じです。探すのをやめた時…。

本当に皮肉なことと思います。



学級崩壊が物語るもの

Category : 辛口ごめんなさい
地球は今、3.5次元とか何とか…話をする人がいました。数年前のことです。その頃、サイキック能力で群を抜いているというおじさんにも遭遇。自分に嫉妬しているヒーラーがいるとブログに書くヒーラーも紹介などされました。今思い返せば、その誰もがサイキックや視えない世界に並々ならぬ情熱を傾けていたのだと懐かしくもあります。
何と!人が今どのレベル(次元?波動?)かをマシーンで測る人もいましたが、人の品格までは計れないのでした、残念ながら。

不思議な力は人心を虜にします。一番魅了されているのは使い手自身だと当時を振り返る度に思います。

さて。
人社会は娑婆世界。魑魅魍魎も紛れ込んでいると『渋谷駅前スクランブル交差点』で書きました。でも何故そういうのが紛れ込むのかと言うと、人社会は隙だらけだから…。



それはそうと。
学級崩壊がニュースになって久しいですね。それって今の人社会の有りようを指し示していると私は思うんですけど。皆さんはいかがですか?

今日はその辺のところを書いてみようと思います。


我が家の娘が通っていた学校もその例外ではありませんでした。授業参観に行って私は我が目を疑いました。教壇の周りにプチクラスが出来ていて授業を受けているんですけど、90%の生徒がお喋りをしている・携帯でメールしている・教室を自由に出入りしている、という具合に無法地帯と化していました。授業参観でですよ、信じられます?廊下をカップヌードル食べながら歩いている女子。足出して廊下を陣取って注意されると「うるせえ」と切れる男子。職員の態度も問題なのでしょうよ…ねえ。

私が職員室に怒鳴り込んだのは言うまでもありません。どうりでウチの娘が「お母さん、学校に来ないで」と言うはずです。私が見て見ぬふりする訳がないと思っていたのでしょう。まさにBINGO!
まあ紆余曲折ありましたが、真面目に授業受けている生徒と、勝手な行動をとっている生徒が同じ単位か!と「ふざけるな」ということで。授業に参加していない生徒には単位を与えないという方針で決着がつきました。

子供は大人が本気かを観察しているものです。厳しい先生の授業では比較的大人しくしていたのだそうで…。子供は大人の顔色を見ているという一例ではないでしょうか。ヤバいかどうかの臭覚は発達してそうですからね(笑)。

世の中では父親と同じ洗濯機で下着を洗わないでよ!という娘の言い分がまかり通っているようですが、いかがですか?やっぱり嫌がります?
子供は日常的に母親の言動の影響を受けています。母親がパパを何気にバカにするような態度を取っていたり言ったりしている家庭にそういう娘が多いのを…ご存知ですか?

ウチのお父さんだって加齢臭ありますよ(笑)でも、年頃の娘だって充分臭いですよ、どの娘も。お互いさまと思うんですけどね、私。

世の中のママたち、問題ありですよ。
あるTVタレントのお子さんが「パパみたいなバカになっちゃう」とか言うそうで…TVで自虐ネタになってたようですけど。そういうことが笑いのネタになること自体、この世界の『程度』が知れると思うんですけど。

五次元以上の世界ではあり得ないことです、断じて。人社会って、いつからこんな人をバカにして、それを皆で笑う習慣がついたのでしょう。

TV番組はほぼ作られた世界なんですよ。芸人を熱湯に入れて大騒ぎするのを面白がったり、笑いを取るためなら視聴率を稼ぐためなら形振り構わないという。世相も明らかにそれに染まっています。

いつからこんな世の中になってしまったのでしょうね。

これって笑って済まされない事態なんですけど…。学級崩壊は私たち一人一人、そして家庭の責任です。宮崎駿さんがNHKのインタビューで「この世界はとっくに終わってますよ」と言っていたのが思い出されます。

家庭は社会の基本です。違います?父親だって母親だって完璧じゃないですよ。悪癖だってお互いさまではないでしょうか?シングルマザーで乳幼児から保育園に預けられ、寂しい思いをして子供がグレたとかなら、まだ話は分かります。パパもママも揃っていて物に囲まれ、という家庭がレッドカード状態って、どういうことなのでしょう。

お父さんと同じ洗濯機じゃ嫌だ?
反抗期と、一時のことだからと片付けているようですね。確かにそうなのでしょう。でも、世のお母さんたちに私は「自分の胸に手を置いて考えてみてもらいたい」と言いたくなるんですけど…。
子供の前でパパに「あなたってダメねえ」とか「パパみたいになっちゃダメよ」とか言ったことありません?

子供って観察力ありますからね。聞き漏らしてないと思いますよ。子供は環境が育てるんです。パパが月~金と働いている以上、その間の子供の情緒は母親が育てねば、いったい誰が育ててくれるというんです?

一般論ではありますが、自分のことを棚上げなママからは同じような棚上げっ子が育ちます。子供は2世ですから。あるいは父親が社会性が育ってないケースや自己中心的なケースもあるでしょう。でも、夫婦って同じ点数同士しか結びつかないんですけど。

いずれにせよ。
今の学級崩壊は各々の家庭が招いた結果と私は見ています。透視の必要なんかありませんよ(笑)。生活費に困っている訳でもないのに「給食費?こっちが頼んでる訳でもないのに」と払わないマダム。「ウチの子に掃除をさせないでくれ」という理屈を押し通すママ。

こういう自己中心的な発想で、何十年も人間をやっているんでしょう?恐ろしいですねえ。それも尋常じゃない数ではないですか?
人って至れり尽くせりな環境で育つと、どうも心が育たないようです。ゴルフでも自己流10年やるとその悪習慣を直すにはその倍はかかるとか。

この三次元・人社会は自由意志の場と言われています。でも、ここは互いを尊重出来る社会を築けるかというテストの場でもあるんです。



今はアセンションの時と言われています。

しかしながら、此所がどういう場所なのか気づかない稚拙な魂の数が尋常ではありません。その証拠が学級崩壊に見て取れます。スッゴく分かりやすくないですか?
学び舎が崩壊している…これは大多数が人生という学び舎を、そこで生きる貴重なチャンスを棒に振ったということに他なりません

自由意志ほどシビアなものはないのですよ。自己責任なのですから。



人間はね、恐竜の時代から『生き残る』のに一生懸命でした。恐竜が去り、自分たちの天下になると食料が枯渇した集落が豊作の村を襲ったりと常に危険に晒されるようになりました。やがては力のある者が大多数を支配するようになり国境が設けられると、それはそれで争いの火種。戦火が止む日はありませんでした。

人間はね、どんなに文化が発達しても『生き残る・サバイバル』というシグナルがDNAに刻みつけられているんですよ。

ところが新・新・新人類という、生き残ろうというのではない新種。自己中人間が大繁殖しているんです。日本はその巣窟。言い過ぎと思います?じゃあ何故、こうも崩壊してる人が多いんでしょうか?


精神世界では日本人がアセンション的にリーダーシップの舵取りをすると本気で唱えている人がいるようです。まったくのナンセンスですよ。崩壊した大多数を国土に抱えながら、何がリーダーシップですか?それチャネル情報ですか?ソースは確かですか?タイタニックよろしく一緒に沈むのが関の山ですよ。現実が視えてないようですね。

人ってね、手遅れになってから騒ぎ出すんですよ。「もっと早く言ってくれれば、行いを良くしたのに」とか何とかもっともらしいことを言うんですよ、それ常套句(それじゃ成長しないっつうの)口だけは達者!


でも。
佛の顔も三度まで。昔の人は良く言ったものです。

ルルドでもファティマでも旧ユーゴスラビアでも聖母の警告はなされました。それでも今もまだ昏々と眠る魂が人社会を満たしています。

救いはないのか?

いいえ。

自身の中に自らを振り返る心が養われた人は幸いです。

感謝と謝罪を言葉にする人は幸いです。

愛は与えるものではなく、もらうものでもなく、見出すものと気づいた人は幸いです。

自らの到らなさを顧みて向上しようと試みた人は幸いです。



学級崩壊の中にあっても眼が開いている子供っているものです。
その子は私に「ええ…一人一人話せばイイコたちなんですけど…。でも、彼女たちは自分がやったことの結果は彼女たち自身が受け取ることになります」まっすぐに私の目を見て、そう言いました。

心眼は神眼に通じます。

CMに「このロクデモナイ素晴らしい世界」ですか?ありますよね。

けだし名言かと。




ロクデモナイ世界…その中にあって、心に天国を築けた人は幸いです。



渋谷駅前スクランブル交差点

Category : 辛口ごめんなさい
人社会を表すとすると、こういう風景かなと私は思います。

この雑多な光景は人社会を良く現わしているなあと通る度に思います、私。娑婆世界とはよく言ったものです。それこそが私たち人間が住む世界。

その構成部員(笑)の中には人を『着た』妖しい存在も紛れ込んでいます。例を上げたらキリがないほど世界中にいるのだと思います。
これは今に始まったことではなく、入れ替わり立ち替わり。まっとうな魂に混じって娑婆世界を構成しているのです。
これはこの地球があらゆる存在をジャッジなく受け入れるフィールド「だった」ことを物語っているように私は思います。あくまでも私個人の意見ですが…「だった」というところがミソかと。そこには三次元ということも深く関わっているのだと思えてなりません。

地球が長らく三次元に留まっていた背景には、私たち稚拙な人間の頭では伺い知れない何かがあるのだと思います。何故そういうことが言えるのかというと、三次元・四次元以上はまさに秩序が保たれた世界だからです。

この三次元・地球は義務教育段階の魂にとっての『体験学習』の場。自分が何者であるかを知ろうとして、無数の魂が順番待ちをしてでもやって来る現場なのだと思います。それはまさに舞台の本番を迎えたということでもありますから、失敗も多々あり得る訳ですよね。
でも、そこには救いの手は差し伸べられていて、いったん地球体験のサイクルに入った魂の多くは四次元の霊界と地上を往復しながら体験を元にプランを組み直して順番待ちの後、また転生を繰り返します。

ところが。
2012年…。西洋歴をどこまで信頼出来るかは疑問ですが、アセンションのピークを迎える・ら・し・い・ということでこれほどの混乱が生じていると言われています。つまり最後のチャンス。魑魅魍魎だって『救われたい』訳です。その切実さはまっとうな魂以上かも知れません。

ところがどうもそうではない…悪さをしにきている輩が紛れ込んでいるんですよ。三次元はどうやら下の世界と上の世界の中間地点のようで。良くも悪くも様々な次元のポータルが開いているように思えてなりません。ここ10年くらいでしょうか…。三次元と四次元の境目が極端に薄れているような…。それもそういう輩の侵入を許すことになっているのかも知れませんね。

その原因のひとつには、第二次大戦が止められなかったことがあるようです。あれが最後のチャンスだったと、スピリットが伝えて来ます。

人は間違いから学ぶ。確かにそうです。止めようにも止められぬ大きなうねりが国は人を巻き込んだのだと思います。第一次大戦から第二次大戦へなだれ込むエネルギーは確かに凄まじかったのでしょう。しかも一部のトップが大多数の命を駒のように動かした時代です。一般大衆には考えることも意見を言うことも禁じられた時代でもあったでしょう。

でも、それは人類が描くシナリオのひとつに過ぎなかった…。啓示はもたらされたのに大多数が耳を傾けなかったとスピリットは伝えてきます。



皆さんは啓示は極一部の霊的に清らかな人にもたらされるものと思っているかと思います。確かにルルドのベルナデットのように聖母との約束をした魂もいます。しかしながら啓示は時に、そうですね…テレビ塔から発信される電波のようにと言えば分かりやすいですか?、そういうふうに等しく流されます。恩寵は全ての命に等しく降り注ぐ性質のものです。

聖霊は地上に生きる魂すべてに生きる目的を全うしてもらいたいと思っているのだと思います。何故なら転生を望んでいるのは魂自身だからです。その意思を尊重しようと勤めるのだと思います。

ところが人には色々あり過ぎる。

今、私たちが騒いでいる世相は人の集合意識が描くシナリオのひとつ。パラレルワールドという概念がありますが、あれは決して絵空事ではありません。人ひとりの人生にも霊界に還って振り返る機会を持つと「ああ、あの時」と選んだのとは違うコースがあって、その後の人生はまったく違っていたと気づくようです。もちろんどのコースが正しくて間違っているとか決めつけられません。遠回りだって意味がない訳ではないのですから。


でも霊界で振り返ろうにも霊界と三次元の境界線が掻き消えようとしている今、私たちは何処に還る場所を見出せば良いというのでしょう。

アセンションはある意味、これまで親切に取り付けられていた梯子が取り外されるようなもの。つまり義務教育期間は残り後わずか。人類は押し並べて学び舎を卒業する最終段階を迎えているのだと思います。

う~ん…今の学校崩壊は何を物語っているんでしょうね。

学べる機会を尽く逸した魂が大挙して押し寄せた結果かも知れません。そこに魑魅魍魎が何かしらを嗅ぎ付けて紛れ込んでいるのですから、タチが悪い。

一方でライトワーカーも。そう自負している人の殆どが実は危ういと私は危惧しています。彼ら彼女らはスッゴク分かりやすいんですよ。光に弱いですから。「あなたは光の戦士です」とか何とか耳打ちするとコロッと。本当の光の戦士は第一線で闘ってますって…!天使の光を流す修了書デプロマ掲げてヒーラーやって身銭稼いでませんって。

生きること自体が、人生そのものが、スピリチャル学校じゃないんでしょうか?

今は一人一人の魂の自立が必要なんですよ。梯子は取り外されたのです。明日に架ける橋の歌詞のように自分を投げ出して自分が谷底に落ちる覚悟で、友を対岸へ渡らせる覚悟をしているとでもいうのでしょうか。ハーブティなどすすりながら。


宇宙連合が人類の前に姿を現す日が来るとチャネルしている人もいるようです。色んな事情で一旦は中止になったと。でも、とっくにコンタクト取ってる人いるし…。第一それが実現するかどうかと一喜一憂するより、もっと大切なことがあるように私は思うんですけど。

アセンションも同じです。

誰が達成者で誰がそうではないかは時期、答えは出るのではないでしょうか。第一、五次元は三次元からは不可視。次元上昇を果たした存在がパソコンに向かってキー打ちしてブログなどしてないと思いますよ、これずっと言ってますけど、私(笑)。


達成者は静かに三次元世界から消えると思いますよ。吹聴などせず。ひとこと「ご機嫌よう」くらいの言葉は残していくかも知れません、残さないかも知れません(笑)。



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Author:takako

maria letter
私が今伝えられること

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(2016年12月27日記)

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