裸の王様・・・いいえ女王様なんです

Category : 辛口ごめんなさい

以前 あるセラピストが「人が何も言ってくれなくなったら 終わりですよ」とにこやかに話してくれたことがありました。

人が忠告してくれなくなったら、それは自分が忠告を聞く耳を失った時ということ。いやあ 心眼のクリアな方だなあと関心しきりの私だった訳です。
ところが数年来、その方の良くない噂が後を絶ちません。よくよく聞いてみると「人の忠告を聞かない」相手を「古い考え方ね~」とか「私には考えがある」とか言って突っぱねてしまっているらしいのです。
まあそれで「私の考え」が軌道に乗っているのであれば 勝てば官軍。お見それしました!という・・・忠告は余計なお世話だったということで事は落着するのですが、何かやること為すことが龍頭蛇尾な結果なんですね。

一度私自身が間接的ながら関わる機会があって、その当時のその方の「私の考え」を聞く機会がありました。ところがどうも危ない話なんですね。ある国の医学教授が介入してライセンス取得が可能になった、それを機に自分のところのテクニックに厚みをつけるという計画。
隠れ家的でなかなか評判のサロン。小顔・アンチエイジングの旗頭の一人と言っても過言ではありません。まだまだゴッドハンドという言葉が一般的になる前から、そのゴッドハンド振りを遺憾なく発揮していた方です。異国のデプロマなどなくても素晴らしい実績をあげていましたし、その方が思いつくアイデアは素晴らしく次々に新しい施術を生み出して顧客の満足を満たしてもいました。

それが何故・・・?

その医学教授という話が出始めた頃から若干医療行為を臭わせるPRが行われるようになりました。相手はキャリアがある、私も迷いましたが、意を決して助言をしたんですね。でも、評判どおり「私には考えがあります」の一言で幕引き。
そうして 半年くらいたった頃でしょうか。「私の考え」とやらは頓挫し、その当時彼女を慕って頑張っていたスタッフもその直後に辞めたという話を耳にしました。

ですが、彼女は決して自分の『負け』を認めようとはしません。

顎関節症「絶対直してみせる」という彼女の言葉を信じた知り合いも何年経っても障害は改善されず、最後は怒りで心をいっぱいにして彼女の元を去って行きました。それでも彼女は忠告には耳を貸さなかった・・・。似たようなことを繰り返し、常に誰かに責任転嫁して内省の機会をことごとく逃しているようでした。

以前「人が何も言ってくれなくなったら、終わりですよ」とにこやかに話してくれた方です。

これは陰口などではありません。明日は我が身という話なんです。私はこの方のことを思う度に『アスリートが尊敬される理由』を思い出します。

彼女は決して自分の『負け』を認めようとはしません。
彼女は決して自分の『間違い』を認めようとはしません。

彼女は 裸の王様・・・いいえ女王様なんです。

明日は我が身。私たち人を癒す世界でお金というエネルギーを頂いている者は常に『内省』と「謙虚さ」を見失わないように日々心を磨く必要があります。いや趣味ならばご勝手に、ですよ。職業とする以上、心をエゴに明け渡さない強い精神力を養わねばなりません。エゴは巧妙です。どんなに素晴らしい能力者にも潜伏期間はあると思っていた方が良いと思います。

ここ(地球)で生きる人間は皆何かしらが未熟。完璧な人間などいません。心は日常の生活態度で養われるもの霊能力で心は磨かれません。「先生」とか「素晴らしい!」とか言われる内に能力は宇宙(神)から一時お預かりしているもの、大切に使わせて頂くという心が いつの間にか『自分の力』とすり替わってしまう。
素晴らしい能力を発揮する一方でとっさにお粗末な態度がポロリと出てしまう。平常では考えられない子供っぽいエゴが出てしまう・・・それはすべて潜在的な資質が原因です。その人の中にあるもの。日頃は隠れているのですが、冷静さを失うと出てしまう本当の姿。

草案者であれ発案者であれオリジナルであれ、それらは全て大切に使わせて頂き次世代に受け継いでゆくもの。オレが オレが・・・では話になりません。


裸の王様・・・?女王様・・・?
あなたは大丈夫ですか?

人生はオーディション・・・?

Category : 魂のご飯

色んなジャンルの大人の不祥事が相次いでいます。今に始まったことではありませんが、私は人生ってオーディションみたいなものかなと、ふと思ったのでした。
オーディション…あるいは受験面接や就職活動って自己PRの場ですよね。そこで経歴や特技などで「私は**です」とアピールする訳です。そこは自分が何者であるかを宣言して思う現実を手に出来るか出来ないかの勝負を賭ける場でもあるでしょう。そして、運不運のドラマが行き交う場でもあります。合格すれば「桜咲く」不合格なら「桜散る」というふうに明暗が分かれます。

オーディションと不祥事、にわかには結びつきませんよね。でも、どちらも人生の「その後」を決定するという点では何かしら接点がある気がするんですけど、いかがですか?
人生はリハーサルのない舞台にも喩えられます。ドラマや映画なら「カット!カット!シーン**からやり直し!」とやり直しが効きます。でも、舞台はそうはいきません。舞台はリハーサルを重ねて本番を迎える。

魂もシュミレーションをして転生する。

どの親の元に生まれるかも納得の上で誕生という日を迎えるようです。「そんなこと納得出来ない!」という人もいるでしょう。でも「前世を記憶する子供たち」や「死後の世界が教える人生は何のためにあるのか」「前世療法」の著書が数多く出回り、私たちの大多数が目に見えない何かがあると気づき始めています。私のところにリーディングに訪れる人もそう。でも、私たちの多くは魂のシュミレーションの記憶がありません。そこで多くの人が人生に躓きを感じている訳です。

でも、すべてを記憶していたりしたら?

トライアルの意味がなくなってしまう。受験で例えてみましょう。予めどんな問題が出るか分かっているなら、受験の意味がありません。受験の是非はここでは問いません。

人生こそが魂のトライアル。魂はチャレンジャーです。

なので敢えて、いったん記憶を消去してこの世にトライする訳です。達成感こそが醍醐味と魂は知っているんですね。すべての回答を予め知った状態で受験に臨む人はいません。いたとしたらそれは違反行為(笑、笑えない)。合格するかどうか分からない。でも、ベストを尽くぞ!という気持ちで臨む訳ですね。

色んなジャンルの大人の不祥事が相次いでいます。今に始まったことではありませんが、人生ってオーディションみたいなものかなとふと思ったのは、その人たちの行為や発言は「私はお金が一番大事です!」「私は人を騙しても自分の思うようにしたいです!」と宇宙に宣言しているようなものだなぁと思えたから。

目的のためなら手段を選ばずの発想はその人から常時宇宙に発せられています。今たくさんの魂が集い、地球の歴史始まって以来の人口密度!だそうで。約60億の人間がひしめき合い生きています。それは「アセンション・プログラム 次元上昇の波に乗ろうとして様々な領域から魂が転生してきているから」とも言われています…果たして、どうでしょう。

そして、過去世から今に至るまで、どんな人生を歩んできたかで今世に持ち込める材料(資質・個性)が決まる。

多くの人を騙して生きているとして、その人は自分に見合う環境・親・岐路を辿りながら常に宇宙に「自己宣言」しているということになります。

宇宙はジャッジしません。

しませんが、だからと言って「シメシメ」とは行かないようです。宇宙の仕組みはすべての行いの結果はその人自身が受け取るというシンプルなものです。子供を虐待する親は自分自身が親の愛を知らない。あるいは虐げられた環境で育ったという共通点があります。無論、全員がそうではないでしょう。その親もまた親の愛を知らない。悪循環の輪の中で永遠にグルグルと回り続ける。

「私は愛を知りません」と 宇宙へ宣言して生きている

それは「私は愛を注いだことがありません」と言っているのと同じことです。様々な詐欺に手を染める魂も「私はこの詐欺の輪の中で永久にグルグルと回ります」と宇宙に宣言している…いや肉体があるうちはシメシメかも知れません。ですが、魂はある種ガラス張りです。なので、肉体を脱いでからあキツいでしょうね。

アセンション・プログラムは地球上では最後。ラストチャンスと言われています。このプログラムはこの視点で見れば「私は**です」という宣言を宇宙が「承認する」ということかも知れません。つまり、行いに相応しい舞台が次に用意されているという極めてシンプルなプログラム。

ヒーラーの中で、どれくらいの人がこのシンプルな事実を知っているのでしょう?日頃は良い人でも追いつめられてつい保身に走る。様々なスピリチャルの場で言われている<ありのまま>ですが、偽善も保身も<ありのまま>宇宙への宣言だと見抜いている人はどのくらいいるのでしょう。

自分が真に視えているヒーラーはどのくらいいるのでしょう。

ありのままに生きる

そのベースに「愛を植える」という魂のピュアな請願があるとして…それって「宣言するは易し行うは難し」かと。

ここ地球には誘惑が多い。

<魔>が忍び寄ります。悪いクセが出て知らず知らずに悪循環の輪を堂々巡りしているヒーラーもその例外ではありません。また、耳障りの良い言葉には要注意。今、お金というエネルギーを得ながら精神世界と関わる人々こそが試されているように私には思える。もちろん、それは今に始まったことではありません。ありませんが、宇宙への自己申請・宣言はアセンション・プログラムのクライマックスというこの時期、

お金に走っている人

感謝なき態度で回りにヒンシュクをかっている人

無神経な言動で人を試す人

修験道や即身成仏僧侶(実は成仏していない)等々にコントロールされている人

誰かを恨み呪うヒーラー

が、後を絶ちません。スピリチャル・癒しで生業を立てようとする人が後を絶たないけれど、実はヒーラー自身が癒しを一番必要としている状況が見え隠れしています。過去のカルマの原因を導き出せていても、心の牙を抜けずにいるヒーラーもいる。「私を認めて」「私を癒して」というヒーラーの悲鳴が今日も悲しく宇宙に響いています。




時間は贈りもの

Category : 魂のご飯

つい最近 セッション30分を1万5千円で受けているヒーラーの話を耳にしました。

その人とは5年くらい前に数度お会いしたことがあります。生と死の問題に真摯に取り組んでいるチャネラーでホスピスにも深い関心を寄せていたと記憶しています。サイキックもパワーアップ!海外からも問い合わせもあるのだと漏れ聞いています。

肉体のない存在、霊魂を『光の世界』に正しく導く人は少ないのではないかと私は思っています。様々な手法を指導している方もいるようです。ただ…中には<散らしているだけ>…成仏させている訳じゃなく、の霊能者もいて、それはとても危険なことと私は少なからず危機感を持っています。取り憑いた相手や家から居なくなっただけ。他に移動したに過ぎないですし、その霊が体から抜けたということは<空き家になった>と等しい。他の霊がその隙に入り込んだという話もあります。もちろん、疫病神(?)から免れた方にとっては有り難いことでしょうけれど。

話が逸れてしまいました。

今日は「魂の救済にお金という代価は不可欠か?」というテーマに基づいて、「セッション30分につき1万5千円」を私個人はどう見るかの、お話をしようと思います。一個人の感じ方に過ぎません。代価を得ること自体をとやかく言う必要はないのかも知れません。言いたいのは金額との兼ね合いです。

お金もエネルギー

確かにそうです。セッション30分につき1万5千円を高いと感じるか、いや…もっと高額な霊能者がいると感じるかは人それぞれかと思います。
知り合いに、しっかり時間の拘束料を頂く「あなたのために私は貴重な時間を割いている」と説明しているカウンセラーがいます。確かにこの世の中の仕組みからして、もっともな主張です。勉強熱心な人ですし、実績も積んでいます。カウンセリングに並々ならぬ意欲と自信も伺わせる。

セッション30分につき1万5千円。もし私がクライアントの立場なら…どうでしょう?セッション料はそれはそれとして、30分という時間枠…、きっと30分では時計を気にしながら焦ってしまう気がします。
結果を出す。それは基本中の基本。ダラダラと引き延ばすのもどうかとは思いますが。もし私が相談者の数が激増して…、1日は24時間。睡眠時間も考慮して(笑)「一人でも多くの方を視てさしあげたい!」となれば、やはり一人30分が限度となるのかなあ?

しかしながら、私は時間に対してこういう考えを持っています。ウチに相談に来られる方は1時間~2時間かけて、中には地方からいらっしゃる方もいます。ですから、セッションの時間は私にとっては「おもてなし」の時間でもあるんですね。相談内容を伺い、リーディングして問題解決の糸口を見い出す。それだけならば確かに30分でも充分なのかも知れません。ですが、これは私個人の考え方に過ぎませんが、

問題解決の糸口を見出すことは基本

おもてなしの心が加味されてはじめてスピリチャル・セッションと言えると私は思う訳です。

霊能力は宇宙から頂いたギフト「一時預かり」しているに過ぎません。たとえ、その能力が過去世の善行に基づいていたとしても同じことと思う。授かった能力を感謝の心で預かって、しっかり人のために役立てる。そこがブレないように心を養うことは「結果を出す」ことと同じ重さだと私は思っています。
私が信頼しているエステッシャンの女性は腕は確か。しっかりと結果を出す匠。ですが、驕り高ぶったところがなく終止おもてなしの心で接してくれます。私に特別という訳ではなく誰に対しても同じ態度なのです。私はこの方に教わることが多い。いわゆるゴッドハンド!でも、お客さんは技術だけではなく彼女の人柄に惹かれてやってくるのだなあと肌で感じさせてくれる女性です。

結果を出し、時間とお金というエネルギーを交換するのは基本中の基本。

心地良い時間を過ごして頂く、それも大切なセラピーだと私は思っています。その女性にはそういう「心」のことを教わった気がします、私はお客として通っただけなんですけど。

確かに霊能力や透視能力の確かさで人心の信頼厚い能力者もいます。ですが、人心を操ったり舞台裏(私生活)でオーラを濁している人が少なくないのも事実。

霊能力は宇宙から頂いたギフト

授かった能力を感謝の心で預かり、しっかり人のために役立てるよう努める。そこがブレないように私も心を養っていきたい。最後に残るのは人柄なのだと思う。

やっぱり…30分1万5千円は…私は「ないなぁ」と思う。



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(2016年12月27日記)

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