プロポーズ大作戦

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2007年6月25日、フジテレビ月9ドラマ『プロポーズ大作戦』が最終回を迎えました。

最初から見ていた訳ではないんですけど、一度見てからというもの見終わった瞬間から翌週が待ち遠しいという楽しみな番組となっていました。ストリーは幼なじみ(長澤 まさみ)の結婚式に参列していた青年(山下 智久)に教会に棲むという妖精(オジさん)が現われ、青年の「もう一度やり直せたら」という願いを叶えるため、タイムスリップさせるというもの。披露宴で映し出される写真映像の時代時代の過去に戻らせて、もう一度チャンスを与えるという内容でした。余談ですが、BSで映画『天使がくれた時間』というニコラス・ケイジ主演の映画が放映されていました。どちらも

「もし あの時」という人生の分岐点の物語

パラレル・ワールドという概念がありますよね?いくつもの次元に人生が展開されているという、選択肢の数だけ世界が存在するというもの。結ばれなかった男女が「もし、あの時」違う選択をしていたら…家庭を築いていたかも知れないという可能性の世界。スティーブン・スピルバーグの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』もそうですよね。

恋・結婚・仕事は人生の三大イベント

本当に人生って選択の連続です。通う学校やそこで出逢う先生や友だちも選択の結果が左右します。何処に生まれたか、どの親の元に生まれたかでまったく違う可能性が出てくる訳ですものね。話を戻しましょう。

『プロポーズ大作戦』は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかなり古い映画『卒業』を足して2で割ったようなストーリーでしたが、ラストは視聴者に「この後はご自由に想像して下さい」と言いた気な、それでいてハッピーエンドを多いに予感させてくれるエンディングでした。
結婚式当日に花嫁を「もし手の中にカフスボタンがある方を礼(花嫁)が選んだら答えを見つけに行く」と賭けをして、花嫁を送り出す花婿の気持ちも描かれていました。実はどちらの手にもカフスボタンは入っていたんです。現実的にはあんなにハンサムで、しかもあんなに善い人は滅多にお目にかかれないでしょう(笑)。

また、学生時代の二度と帰って来ない青春の感傷も多くの共感を呼んだのではないでしょうか。ユーミンの『卒業写真』『海を見ていた午後』を彷彿とさせる風景描写も爽やかでした。

すべてはフィクション。でも、そこに描かれている心理描写は私たちの心の何処かと繋がっているように思います。感情移入できるドラマって私たちが現実に経験した何かとリンクしている気がします。パラレル・ワールドはある意味では私たちの心にある世界と言えるのかも知れませんね。

『プロポーズ大作戦』の主人公二人はそんなに私たちから遠い存在ではなかったのではないでしょうか。もちろん、あんなハンサム・ボーイと美少女にもそうそうお目にかかれる訳ではありませんが、笑。

友だちとふざけ合って喧嘩したり仲直りしたり。主人公ふたりは温かい友だちに囲まれながら、同じ歳月を同じ学校で一緒に過ごしてきて、好きだという一言を「あなたが世界で一番大切」というひとことを…本当に言いたいことをお互いに言えないまま。ずっとそのひとことを胸に秘めて日々過ごしていた。そんな方もいるのではないでしょうか。このドラマは、

愛する人に「愛している」と伝える勇気を。

愛する人に「愛している」と伝えるチャンスは決していつでもある訳じゃないことを伝えてくれたように思います。物語で妖精が熱く語っていました。

過去をやり直そうとするのではなく、未来につながる『今』を信じてみないか?

素敵な言葉ですね。心にズシンと響きます。




お金というエネルギー

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『あるタクシードライバーのお話』をしてくれたAさんから「あなた何かやってる?」と聞かれた逸話をご紹介したいと思います。

それはやはり個展期間中のことでした。ギャラリーの来訪者と私との会話を聞いていて、スピリチャルな何かをやっているのではと察したようでした。私は戸惑いもありましたが、「リーディンを紹介者にですが、お金もエネルギーと思いますから受け取るようにしています」と答えました。すると、

Aさん:あなた、それはいけないわ。それは神さまから頂いた力でしょ? 

私:はあ。

Aさん:それともワークショップとかで習って開業したとか?それなら話は別。

私:いいえ。

Aさん:(ジッと私を見て)それは人のために役立てるようにと神さまがあなたに授けた能力。あなたは写真とかイラストとか、そちらでお金というエネルギーを得た方が私はイイと思うよ。

そう私はAさんより忠告を受けたのでした。確かにAさんの意見も一理あると感じましたし、パワフルな助言に心動かされました。当時の私は受け取って良いのだろうかという思いと、「いや お金はエネルギーだから」という気持ちの間で揺れていた時期でした。

「takakoさん、お金受け取ってもらった方がこちらも聞きやすいんだけど。 takakoさんも私のためにこの数時間を割いて、リーディング(霊視)してくれたんでしょ?お金というエネルギーは私の感謝の気持ち。だから気持ち良く受け取って」という助言も受けていました。
Aさんの知り合いの奥さんにも私と同じような人がいて、やはり知り合いの知り合いの知り合い(笑)という感じで口コミでリーディングしているとのことでした。Aさんは「でも、お金は受け取っていない。まあ旦那がいるからね」と話をくくてましたっけ。
複雑な心境でしたねえ。でも、なぜ私はこの話を聞く場面を設定したのでしょう?そして、正直なところ、Aさんの『タクシードライバーの話』に私は感動さえ覚えたていました。

九州に、海外からも相談者が来るという霊能者お二人にも縁あって子供の頃お会いしたことがあります。その方たちは「お気持ちだけ置いていって下さい」と仰っていました。決して金銭的に追いつめられている風でもなかったですし、さりとて豪邸に住むという風でもありませんでした。一方は物静かな初老の男性で、もう一方は闊達なミドルエイジ。でも、どちらも共通して謙虚な印象でした。ふとその方たちのことが思い出されました。
私は決して窮している訳でもありませんが、旅行が趣味とあっては先立つものは必修。何処でもドアがあったらなあとか、奥様は魔女だったらとか(笑)空想している場合じゃないのだけは確か。

お金というエネルギー

『あるタクシードライバーのお話』は私にとって『アスリートが尊敬される理由』と共に座右の銘。で 、だからといって誰彼かまわずに大上段に振り翳すつもりはありません。でも、とても大切なメッセージ性があるのも確か。

それにしても、Aさんの歯に衣着せぬ物言いは強烈でした。今現在私がどうかというと、やはり基本的にはお金というエネルギーを神さまから授かった力で頂くのなら「お気持ちで」という態度が一番心地良いです。「お気持ちで」というのは、現実的にはAさんからは千円、Bさんは1万円とかバラツキがあると不公平感があるかな?…と難しいですね。なので一律いくらとところが落としどころでしょうか。
私は精神世界の何らかのスクール受講後開業した訳ではありません。第一、看板を出したこともありません。気がついたら人が人を連れてくるという、その連続でした。もしスクール受講後の開業ということであれば、何の迷いもなく金額を設定したかも知れません。私はどちらかと言えば Aさん寄りの考え方ですから。余計にこういう話に反応したのでしょうね。
とは言え、セッション料を頂いて活躍している方を否定する訳ではありません。私自身ヒプノセラピーで多くの気づきがありました。セラピー料をお支払いするのはその気づきへの代価。確かにエネルギーのバランスが良いと思います。

ひょっとしたら、お金というエネルギーを頂かないという方は感謝を神仏(あるいは宇宙)に向けていて…、セラピー料を設定している方は神さまに向けるのと同じにクライアントの方にも感謝している…そういうことでしょうか?

それで現実的に食べていけるのであれば、それもケースバイケースなのででしょうか?

セラピストも千差万別。随分長いこと気持ちモヤモヤしていましたが、大切なのは天地の間で感謝を充分に行き渡らせる…、その循環の一員であるということなのでしょうね。

神さまのタクシードライバー。そしてAさん、子供の時に出会った霊能者の方たち。確実に私のお金というエネルギーに対する価値観に影響を与えています。そして何より心地良いです。

やはり感謝を捧げたくなります。




あるタクシードライバーのお話

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数年前、ある方から伺った『あるタクシードライバーのお話』を皆さんとシェアしたいと思います。

これはお金というエネルギー、私たちスピリチャルに関心が深い人間にとって長年のテーマに対するひとつの答えだと思います。風潮として、セッション料を受けとるのは当然のことというのが主流です。でも受けとるにしても心得違いがあってはなあと私は感じていました。このお話は癒しを提供する側にとって心の糧となるのではと思います。いえ・・・そういう人であって欲しいと願ってやみません。

数年前、イラストの個展を開く機会がありました。そこのオーナーが霊感婦人・・・!話術に長けた素敵な女性で様々な逸話をしてくれたのですが、これはその中でも一番心に残ったお話です。

オーナー Aさんは良く当たる霊能者を紹介されて会いに行ったそうです。「その人は金品は絶対受け取らないから」という友人の忠告を受けて。いざ会ってみるとショボい初老のオジさん(失礼・・・!)で これまた古いアパート暮らし「何でまた・・・」と思ったと言います。ところが、霊能力は前評判どおり・・・!お礼をせずにはいられない気持ちが募り「せめて、気持ちだけでも受け取って下さい」と申し出たのですが、やんわり断られてしまう・・・何回行っても反応は同じ。Aさんは好奇心もあって理由を尋ねてみました。するとオジさんが言うのは  

「私は今もタクシー運転手をやっています。妻を養わねばなりませんから・・・
 あなたの疑問はもっともなのですが、 私には受け取れない事情があるのです。 
 私は一度 運転中の事故で死にかけたことがあります。 
 その時 神さまが向こうの世界から迎えに来たのですが 
 私は「妻を一人残しては不憫で 死ぬに死にきれない」と悲嘆にくれました。 
 すると神さまは「お前に3年だけ猶予をやろう
 その間 人助けが出来るようにお前に力(霊力)を授けよう 
 
 その力を人のために役立てなさい。
 ただし お礼は一切受け取ってはならない!
<


 受け取ったらお前の寿命は絶たれると心得よ」と言ったのです」と。

半信半疑ながらオジさんはこの世に戻ってきました。しかし、それから不思議な力を発揮するようになり、評判が評判を呼んで人が途切れることがなかったと言います。その間 オジさんはずっと神さまとの約束を守っていました。でも一度だけ断りきれずに受け取ってしまった・・・「お金ではないから 大丈夫では・・・」と。

ところがまた事故に遭い、神さまの出迎えを受けることに。

「何故 約束を守らなかった・・・!」
「申し訳ありません・・・」合わす顔がなくオジさんはうなだれるばかり。
 
でも、やはり奥さんを一人残すのは不憫で仕方がない。己の不徳とは言え オジさんは胸が張り裂けそうになりました。妻には苦労かけてばかり・・・その思いに苛まれてしまいました。すると

「もう一度だけ 機会を授けよう
 だが 決してお礼を受け取ってはならないそれだけは肝に銘ぜよ」

そうオジさんに言い渡すと神さまは去って行きました。

「ですから 私はお礼は受け取れないのです。
 私には3年しか時間がありません。
 その間 妻が一人でも大丈夫なように働いて(タクシー運転手として)
 そして出来るだけ妻と一緒にいてあげたいのです』そう語ったそうです。

そしてオジさんは3年後、役目と神さまとの約束を果たしてあの世に旅立って行ったと言います。

複雑な心境でした。何故私はこの話を聞く場面に出逢ったのだろうと。でもそれ以上にAさんのタクシードライバーの話に私は感動を覚えたのでした。それは正しいとか間違っているとかいう次元の問題じゃないでしょうし、きっと答えも出ないでしょう。スピリチャルも歴(れっき)とした業種、そのことに異論はないのです。でも九州で海外からも相談者が来るという霊能者お二人にも縁あって、子供の頃お会いしたことがあるのですが、その方たちは「お気持ちだけ置いていって下さい」と仰っていた・・・。ふとそのことを思い出したりしました。 お金というエネルギー。人の数だけ考え方があるでしょう。一概に決めつける訳にもいきませんよね。 なので『あるタクシードライバーのお話』は私にとっての座右の銘。私にとってはということでご理解頂ければと思います。大切なのはその人その人の「設定」なのだと思います。しっかりと自分の意図を明確にして、限りある時間を大切に生きなきゃなあとつくづく思った逸話でした。魂は心と体という器を持ってこの世を愛おしいと思い生きています。

お会いしたことはないけれど『神さまのタクシードライバー』に感謝を捧げたい・・・そう思います。そして皆さんとシェアできたことを嬉しく思います。

ありがとうございました。


アスリートが尊敬される理由

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以前「何故、アスリートが尊敬されるのか」という話を聞いたことがあります。ブルガリアに長いことコーチとして赴任され帰国したその方はとてもシャープな視点の持ち主。私がお会いした時 新たな取り組みをされている最中でしたが、快く話をして下さったのでした。以下はその方から伺った話です。

「アスリートが何故 尊敬されるのか
 それは極限状態で自分の力を発揮するからです。それは私たちにも言えること。普段は出来る人でも追いつめられると普段の力を発揮できなくなるものです。普段良い人でも追いつめられると、まさかの行動に出るものですよね。人の真価はまさかの時にこそ問われるものだと私は思っています。アスリートは自分の能力をあらん限り発揮するための努力を惜しみません。膨大な時間をかけてトレーニングに励み自分を追い込みます。人々は日々そういった努力を積み重ね、いざという時に力を発揮するアスリートに、だから…惜しみない拍手を送るのだと思うんですよ。私は長年 指導者として多くの選手を育ててきました。ですが、指導者に出来ることは限られています。実際に競技するのは選手たちなのですから。だから私たち指導者は常に何が選手にとって必要なのかを知り、そのための努力を惜しむ訳にはいかないのです。指導者と選手は運命共同体なのですから」

私はこの話を座右の銘にしています。この話から学んだことも少なくありません。この「まさかの時」って、私たちの日常で起きていることではないかと思うのですよ。追いつめられると人は冷静ではいられなくなります。そして様々なドラマを作り出しているように思います。時に何が起きているのか正しく判断できずに想念のドラマを演じることもあります。
追いつめられて保身に走り相手を追いつめる…、ヒーラーを自称する人でこういうタイプが少なくないのはどういうことでしょう。私はこの「まさかの時」にこそ癒しは発揮されることが望ましいと考えています。なぜ自分が癒しを職業としているのか、人さまからお金というエネルギーを頂いているのか。

保身に走るのは深層意識の為せる技

もしあなたの周りで癒しを生業としながら保身に走るヒーラーがいるとしたら、この話を思い出して頂ければと思います。そして、皆が魂の成長の階梯にいるということを思い出して頂ければ 幸いです。




魂のご飯(2)

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私も人の子の親 家族の健康を意識してメニューを考えます。面倒になることも多々あります。「晩ご飯何にしようか」と。そうそうと頷かれる方もいるでしょう(笑)。

私はカメラマンなので家を空けることが多い。しかも家にいても様々な作業が山積みです。でも台所には立ちます。自分だってお腹がすきますからね(笑)。後片付けも洗濯も掃除もする。時に子供にも手伝ってもらいながら作業(仕事)の合間に工夫をします。時間の工面は決して上手ではない方なので、何とか時間を作ろうとアイデアを絞り出します。苦手なので工夫をします。
すべては気持ちの問題だと気ついてからは時間の工面がそう苦痛ではなくなりました。気がつかせてくれたのは他でもない娘です。娘が小学低学年の時、突然

「お母さんが幸せって思う時はどんな時?」

と聞いてきたのです。私は「お母さんが作ったご飯をお父さんと**子が<美味しいと言って食べてくれる時。**子とお父さんに「お帰り~」と言う時。**子とお父さんがお母さんを「お帰り~」と迎えてくれる時。そして、家族が(ペットも含めて)健康なこと」と答えました。すると娘が

「良かった~!私もお母さんの幸せの役に立ってるんだね」と抱きついてきたのです。

「良かった~!私もお母さんの幸せの役に立ってるんだね」…私はその時、魂を養われているのは私の方だと深く感動したのでした。
時間の工面が大変で時々苦痛になることもあるし、ストレスで八つ当たりすることも多々ある訳です。でもその時、自分は不器用だけど不器用なりにやってこれて良かったなあと胸を撫でおろし、家族が向き合うとはこういうささやかな営みだとつくづく悟ったのでした。
親だって様々な問題を抱えています。性格もクセがあるし欠点も多い。子供に振り回されることもあれば親が子供を振り回すこともある。でも、一番大切なのは日々の会話。その積み重ねなのですね。

皮肉なことにハンディを持つお子さんの親御さんの方が子供と真剣に向き合っているように思います。「私だって子供の将来を思って日々努力してます!」と。もしかしたら、習い事ママたちの誹りを受けるかも知れません。ですが、私は多分こう言い返すと思います。

「命に関わり、死と向き合って毎日を過ごしていますか?」と。

人は比べようがない。同じ東京にいても異なる次元に生き、袖すり合わせて日々生活を営んでいます。ただ…魂のご飯は試練をプログラムしてここ(地球)に来た魂の方が日々食べているような気が私はするのです。




魂のご飯(1)

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子供の頃 日常の風景の中にご飯を作る母親の後ろ姿がありました。

部活の帰りに「ここはカレーだな」とか「ここは肉じゃがかあ」とか家族で囲む食卓がりました。ところが、今時の晩ご飯は崩壊しているというニュースが最近目につくようになりました。塾や習い事は親がかり。母親に食事を作る余裕がないのだと言います。母親も疲労していて洗い物をしなくて良いようにということで、パックが並ぶ食卓の写真もTVで公開されていました。

そんな親を見ながら育った子供はどういう大人になるのでしょう。

子供は良くも悪くも親を 大人を見て育っていきます。その子供たちが大人になって子供を持った時、やはり洗い物が面倒だからとパックのまま食事を出すのでしょうか。

食事は脳を育て心を養うと言います。

巷にはマナー無視の家族が急増しているようです。河原バーベキュウーのゴミ、高速休憩所に家庭のゴミ!に留まらず、ペットの死骸まで捨てられていると言います 。学校に「ウチの子に掃除をさせないでもらいたい」「こっちが頼んだ訳でもないのに給食費をどうして払わなきゃならないのか」という苦情も学校に寄せられると言います。まさに身勝手とはこういうことを言うのでしょう。でも皆さん、これは一般人の話。昔風に言えば不良と名指しされてもおかしくない人の話ではありません。もう大多数が常識を持っていて少数の人が人の迷惑を考えられないという時代ではなくなっているように思います。

社会の基本は家庭です。

ですが、その家庭の食卓を支える母親が手間を厭い手抜きをする…食事は私たちにとって楽しみのひとつ。そう思うのですが。
「お母さん!今日の晩ご飯は何?」子供の頃、私は帰宅すると毎日のように聞いていました。そして今は私が子供から「お母さん 今日の晩ご飯は何?」と聞かれる立場です。子供にとってお母さんの作ってくれるご飯は何よりの楽しみのひとつ。もしそうでないお子さんがいるとしたら、何かしら、やむにやまれぬ原因があってのことでしょう。

子供を愛しいと思う親は…普通の親とは敢えて言いません、普通の人が崩壊しているので。子供のために身を削る…それは昔も今も変わりはないと思います。習い事で忙しい。親掛かりの塾や習い事も身を削っていると言えなくはありません。でも食卓を日常的に疎かに「する」ってどうなのでしょう。

一日は等しく24時間

私たちはそれぞれの時間割で動いています。時間に追われる生活も親の心には「あなたのためでしょう」という印籠が潜んでいます。思い当たる節があるという方も少なくないのではないでしょうか。それをいけないと言おうとしているのではありません。ですが、時間のやりくりや食卓の采配は

母親の『段取り力』が問われるところと私は思っています。

母親ばかりに育児の負担がかかっているという反論もあるとは思います。フラストレーションが溜まるとその気持ちは分からないではありません。それでも現実問題、父親が仕事で出掛けて家にいるのが母親であるならば、育児の負担は母親が負うしかないでしょう、日曜は別としてもです。同じ負担を負うにしても子育てママさんと交流を持つとか、何かとサポートし合えるように工夫することは出来るはず。一歩前向きになる必要はある訳ですね。先方からやって来るのを期待するだけでは始まらない。私もそうやって何かと助け合ってきました。

現実問題フラストレーションが溜まるのをどう解消するか、ですか?

子育てに関して言えば、一人で抱え込まないことでしょうね。人間関係を人頼みにしないで自分で見つけること、そう言うしかありません。
多くの親は子供に何か技能を身につけさせ、それが豊かな人生に繋がるようにと願っているでしょう。でもアトピーや何らかのトラブル(イジメや引きこもりも含めて)を抱えたお子さん、難病を抱えたお子さんと向き合う親御さんは必死で自分の時間も体力も削ってお子さんと向き合っています。向き合わざるを得ません。

それは「命」に関わる問題だからです。

授かった命があって家族で支え合って、そこに何ものにも代え難い「絆」が生まれるというお話を聞く機会も少なくありません。自分を見つめる子供の眼差しに励まされ、両親の心で愛が育つ様子を垣間見ることも少なくありません。
幸せって、恵まれているって、人の数だけ形があるとその度私は感じます。豊かさもそれと同じと。でも、ひょっとするとそこに至るプロセスこそが「魂のご飯」なのかも知れません。親も人の子。完璧ではありません。でもだからこそ工夫をする。私は毎日の「ご飯」もそのひとつでだと思うのです。




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(2016年12月27日記)

いったんアメブロに移転しましたが、広告の量がストレスで2015年11月にFC2でブログ復活しました。限定記事もこちらで復活。パスワードはそのままです。

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